日月神示と宇宙の法則から学ぶ幸運をつかむ法
岡本天明氏が自動書記で書いたという神からのお告「日月神示」と
中矢伸一氏などの「日月神示」の翻訳著書、さらに宇宙の法則(引き寄せの法則)から学ぶ、
日本ルネッサンスの研究と実践のブログです。
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DATE: 2015/05/21(木)   CATEGORY: 幸福
幸せなことしか起こらなくなる48の魔法
今月の書店で読んでよかった本。

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幸せなことしか起こらなくなる48の魔法
著者 大木 ゆきの

幸せになることって実は難しくありません。
だってあなた自身がすでに「幸せ」そのものなのだから。

鳥は「私は鳥になりたい!」だなんて思いませんよね。
だから、あなたはそのままでいいのです。

何かを目指さなくても、付け足さなくても、
「完全なるそのまま」で在りさえすれば大丈夫。
あなたの毎日は輝くものになるでしょう。
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とてもわかりやすくまとまっています。
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DATE: 2014/12/01(月)   CATEGORY: 幸福
いつも笑顔で目指そう!完璧!感動!感謝!
今月の書店で読んでよかった本。

世界一のココロの翼を目指した
“名物機長"のホスピタリティ―
いつも笑顔で目指そう!完璧!感動!感謝!
 著者 元ANA名物機長 山形和行氏


世界一のココロの翼を目指した“名物機長世界一のココロの翼を目指した“名物機長"のホスピタリティ―いつも笑顔で目指そう!完璧!感動!感謝!
(2013/05/31)
山形 和行

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ANAの名物機長が目指した”おもてなし”とは。
ユーモア機内アナウンスにかけた思いやりの信念。
出る杭は打たれるが、出すぎた杭は打れない!?
ギブ・アンド・ギブ!!
なぜ名物機長になったのか。

続きは書店で!

ちなみに気になる元ANA山形機長のユーモア
機内アナウンス集がYouTubeにありました。



追っかけがいるほど人気だったようです。

 
DATE: 2014/11/20(木)   CATEGORY: 幸福
「好きなこと」だけして生きていく!?
今日の立ち読みして良かった本。
「好きなこと」だけして生きていく。
      著者 心屋仁之助


「好きなこと」だけして生きていく。「好きなこと」だけして生きていく。
(2014/11/15)
心屋 仁之助

商品詳細を見る


○特に印象に残ったところを抜粋

好きなこととラクなこと。
ちょっと似ていますが、実は全然違う。
突然「会社をやめて、今日からミュージシャンをめざす」と
宣言したら、周りは反対するでしょう。
「南の島で釣りをしながらブラブラして暮らす」と
言ったら、頭がおかしくなったと思われるでしょう。
好きなことをしようと思ったら、人に迷惑をかけて
嫌われる覚悟がいる。
安定を手放すとか、収入をなくすとか、
築いてきた地位名誉をすてるとか
一番恐ろしくて、絶対それだけはありえない、
というところに飛び込まないと好きなことをして
生きてはいけない。
つまり好きなことをするには一番嫌なことを
しなければならない。
でもラクなことというのは
人から嫌われないようにすること。
だから周りから上手に嫌われないことばかり
選んで逃げ回っていくのがラクな生き方である。
結局、自分が好きなことができなくなる。
嫌われてもいい、非難されてもいい、
「他人軸」のハードルを越えないといけない。
みんな「好きなことをして生きてゆきたい」と
思うのに、それができないのは、
目の前の「嫌われる」という一番大きな問題が
乗り越えられないから。。。

続きは書店で!
DATE: 2014/10/31(金)   CATEGORY: 幸福
スピ中が増えている?アルコール依存症とスピリチュアル依存症の共通点!
スピ中(スピリチュアル中毒)が増えている?
アルコール依存症とスピリチュアル依存症の共通点!



アルコール依存症とは

薬物依存症の一種で、飲酒などアルコール(特にエタノール)の
摂取によって得られる精神的、肉体的な薬理作用に
強く囚われ、自らの意思で飲酒行動をコントロールできなくなり、
強迫的に飲酒行為を繰り返す精神疾患。


特徴

・飲酒が自分の意志でコントロールできなくなる。

・震顫妄想などの退薬症状(離脱症状、リバウンドともいう)になる。

・通常は飲酒行動を、主にアルコールによって得られる
 肉体的・精神的変容に求めることが多い。

・初めのころは毎日飲むわけではなく、何かの機会に
 時々飲むだけという機会飲酒から始まる。

・何らかの原因で毎日飲む習慣性飲酒に移行することも多く、
 習慣性飲酒となると同じ量の飲酒では同じように酔うことが
 できなくなり、次第に飲酒量が増えていくことになる。

・一見すると本人が自分の判断で好んで飲酒しているようにみえ、
 患者自身も好きで飲酒していると錯誤している場合が多い。

・患者にアルコール依存症のことを告げると「自分は違う」などと
 激しく拒絶をされることも多々あり、否認の病気。

・依存が重度になると断酒によって肉体的・精神的に
 離脱症状(禁断症状)が出るため、楽しむためではなく離脱症状を
 避ける目的で飲酒を繰り返すことになる。このような状態に
 陥ってしまうと、もはや自分の意志だけで酒を断つことが極めて困難となる。


飲酒(アルコール)をスピリチュアルに置き換えてみて
共通点があれば


あなたはスピリチュアル依存症、スピ中です!



治療方法

アルコール依存症の治療でまず肝心なことは「本人の認識」である。
多くのケースでは依存を認めてしまうと飲酒ができなくなるため
患者は自分がアルコール依存症であることを認めたがらない。

何よりもまず、本人に疾患の自覚と治療の意志を持たせることが大切であり、
回復への第一歩となる。

アルコールによって病的な変化が身体や精神に生じ、そのために過剰な
飲酒行動が起こる。このことをまず本人や周囲の者が理解し、認めることが、
この病気から回復する上での欠かせない第一歩。


妄想が先行して本質が見えなくなる!
まず肝心なことは自分は「スピ中」だと
認識することから!!


DATE: 2014/09/12(金)   CATEGORY: 神道
生きる意味 109 後悔のない人生のための、世界の偉人、天才、  普通人からのメッセージ
最近書店で読んで良かった本。

生きる意味 109
~後悔のない人生のための、世界の偉人、天才、
 普通人からのメッセージ~
 著者 長南 瑞生 http://osanamimizuki.com/

生きる意味 109 ~後悔のない人生のための、世界の偉人、天才、普通人からのメッセージ生きる意味 109 ~後悔のない人生のための、世界の偉人、天才、普通人からのメッセージ
(2014/09/21)
長南 瑞生

商品詳細を見る

日本は豊かになっているにもかかわらず
なぜ「生活満足度」が変わらないのか。

目次
■1章 あなたは今、幸せですか?
・「幸せなんだけど、何かむなしい」
 「何かが足りない……」という心はどこから?
・「高収入は、幸福感と関係ない」
 驚くべき発見をしたアメリカの経済学者
・日本は、経済が六倍も豊かになったのに、なぜ、「生活満足度」が変わらないのか
・衝撃の研究報告
 「年収七百万円を超えると、幸福度は下がっていく」
・お金、財産、名誉、地位……
 有っても無くても、苦しんでいることに変わりはない
・生活水準が高まったからこそ、「生きる意味」を求める時代に入った
・1章まとめ

■2章 私たちは、一体、何のために生きているのか
 ・「生きる意味」とは、生まれてから死ぬまでにこれ一つ果たせば大満足といえるもの
 ・人生の終着点は「死」。必ず死ぬのに、なぜ、頑張って生きるのか
 ・「人間に生まれたこと」は、なぜ、喜ぶべきことなのか
 ・人間に生まれる確率は、宝くじに連続して当たる以上に低い
 ・水戸黄門もニーチェも、「人生は苦しい」と言っている
 ・「人間に生まれてよかった」と喜べるのは、どんな時?
 ・2章まとめ

■3章 生きる意味について、よくある七つの間違い
 ・「生きる目的が分からない人」よりも、「間違った目的を信じ込んだ人」のほうが、幸せから遠ざかってしまう
 ・ よくある間違い1
  「生きるために生きる」という考え
  アニマルな生き方では、あっという間に人生は終わってしまう
 ・ よくある間違い2
  「成長するために生きる」という考え
  頑張って苦しみを乗り越え、どこへ向かって成長するのか
 ・ よくある間違い3
  「他の誰かのために生きる」という考え
  子供が独り立ちし、定年を過ぎても、そういえるのか
 ・ よくある間違い4
  「愛のために生きる」という考え
  最後は自分か相手のどちらかが死んで、別れていかなければならない
 ・ よくある間違い5
  「自己実現のために生きる」という考え
  やりたいことには限りがないが、命には限りがある
 ・自己実現を追求した著名人の証言
 ・ よくある間違い6
  「生きたあかしを残すために生きる」という考え
  人生は夢・幻のようにはかないもの
  「生きたあかし」は、やがて必ず消えてしまう
 ・トップレベルに生きた七名の証言
 ・ よくある間違い7
  「生きること自体が大事」という考え
  人生マラソンを走っていくと、やがて見えてくるのは崖っぷち
 ・なぜ、歴史上の天才たちでも、心からの安心、満足を得られなかったのか
 ・「生きる目的」を見失ったまま、医学、経済、科学は発展し続けている
 ・夏目漱石は、目的が分からないまま生きることの恐ろしさに気づいていた
 ・生きる「目的」と「手段」の大きな違い
 ・松下幸之助、徳川家康は、人生の大事業を成し遂げた、といえるのか
 ・3章まとめ

■4章 「生きる意味」は、一流の文学者、心理学者、哲学者でも分からない
 ・悲劇の人生で終わらないために、本当の「生きる意味」を知ることが必要
 ・豊かな感性で人生を描き出す文学者の言葉
 ・人間の心の専門家、心理学者の言葉
 ・生涯かけて真理を探究した哲学者の言葉
 ・仏教では、二千六百年前から「生きる意味」の答えを教えている
 ・4章まとめ

■5章 ハイデガー、ユング、アインシュタイン……
 二十世紀を代表する知識人が、仏教の素晴らしさに驚いている
 ・釈迦は若い頃、あなたと同じことに悩み、本当の「生きる意味」を発見した
  カピラ城の太子として誕生/幼い頃からスポーツ万能、勉強もトップ/何かに悩み始めた太子/四門出遊──大きな  衝撃を与えた事件/太子の三つの願い/ついに真実の幸福を求めて城を出る
 ・釈迦は一生涯、何を説いたのか
 ・仏教が西洋へ与えたインパクト
 教えの素晴らしさに驚いた知識人たちの声
 ・5章まとめ

■6章 「幸せに二つある」ことを知らないから、どんなに努力しても幸福になれない
 ・すべての人は、いつまでも変わらない幸福を求めている
 ・勉強するのも、働くのも、幸せになれると思うから
 ・お金、財産、地位、名誉……
  人と比べなければ喜べない「相対の幸福」
  相対の幸福の弱点1 どこまで求めても、キリがない
  相対の幸福の弱点2 何を手に入れても、喜びは続かない
  相対の幸福の弱点3 死んでいく時には、総崩れになる
 ・6章まとめ

■7章 どんな人でも、生死の一大事を解決すれば、「絶対の幸福」になれる
 ・「死」は、私たちの人生に、最も大きな影響を与える大問題
  死の大問題の特徴1
  すべての人が直面し、必ず負ける戦い
  死の大問題の特徴2
  いつ、どこから襲ってくるか、分からない
  死の大問題の特徴3
  火事より、交通事故より恐ろしいのに、誰も準備をしていない
 ・「生死一如」の教え
  「生」を台所とすれば、「死」は便所のようなもの
 ・人生を「飛行機」に例えると……
  燃料が切れて墜落する前に
 ・名著『歎異抄』には、絶対の幸福を「無碍の一道」と
 ・「絶対の幸福」になったら、心の風景はどう変わるのか
 ・「仏教を学びたかった……」
  二十世紀最大の哲学者ハイデガーの後悔
 ・目先のことに追われる前に、人生最大の問題の解決を
 ・7章まとめ

著者の長南氏は元親鸞会で仏教よりのようでが
釈迦、ゲーテ、ピカソ、水戸黄門とか歴史の偉人、聖人たちの
名言を引用して生きる意味の問題定義の観点はよいと思った。

印象に残ったポイントをまとめてみました。

「世界がもし100人の村だったら」に

村に住む人びとの100人のうち
20人は栄養がじゅうぶんではなく
1人は死にそうなほどです
でも15人は太り過ぎです

すべての富のうち
6人が59%をもっていて
みんなアメリカ合衆国の人です
74人が39%を
20人が、たったの2%を分けあっています

すべてのエネルギーのうち
20人が80%を使い
80人が20%を分けあっています

75人は食べ物の蓄えがあり
雨露をしのぐところがあります
でも、あとの25人はそうではありません
17人は、きれいで安全な水を飲めません

銀行に預金があり
財布にお金があり
家のどこかに小銭が転がっている人は
いちばん豊かな8人のうちの1人です
自分の車をもっている人は
豊かな7人のうちの1人です

村人のうち
1人が大学の教育を受け
2人がコンピューターをもっています
けれど、14人は文字が読めません

とあります。

私たちは、一体、何のために生きているのか。
いつか必ず死が訪れるのになぜ頑張って生きるのか。

「有無同然」有っても無くても、苦しみや悩みはかわらない。

よくある生きる意味の七つの間違い。

× 生きるために生きる
× 成長するために生きる
× 他の誰かのために生きる
× 愛のために生きる
× 自己実現のために生きる
× 生きたあかしを残すために生きる
× 生きること自体が大事

この生きる「手段」を生きる「目的」と勘違いするから人間に生まれてよかったという生命の歓喜がない。

「平生業成」何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか、苦しくともなぜ生きなければならないのか。

「人身受け難し、すでに受く」人間に生まれなければできない大事な目的がある。

幸せに二つあることを知らない。

-相対的幸福-
どこまで求めてもキリがなく、喜びが続かず死んでいくときには自分のものではなくなってしまう。

-絶対的幸福-
完成があり、死によってもなくならない。死はどんなに避けようとしても必ずやってくる。

やってくる前に本当の「生きる意味」を知ることが必要。

人生を飛行機に例えると

生まれたときが飛行機が飛び立った時、成長しながら飛行機は上昇し、やがて水平飛行になる。
ところが猛スピードで飛んでいるが、この飛行機は目的地がわからない。
そんな飛行機に乗っているとすればどんな気持ちか。
どんなに美味しい機内食や楽しい機内映画があっても楽しむことができない。
それは飛行機の燃料に限りがあるから。
目的地もわからず飛び続けたらやがて燃料がきれて真っ逆さまに墜落あるのみ。
目的地を知り、不安をなくし到着まで出来るだけ長く有意義に楽しむことが大事。

「難思の弘誓は難度海を度する大船」苦しみ悩みの絶えない人生の生みを明るく楽しく渡す船がある。

この船に早くのることが「生きる目的」である。


今を楽しく生きる!
人生はすべて経験のためにある。



 
DATE: 2014/09/05(金)   CATEGORY: 幸福
跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること 東田直樹さん
最近読んで良かった本。

『跳びはねる思考
 会話のできない自閉症の僕が考えていること』
                    東田直樹さん


跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること
(2014/09/05)
東田直樹

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自閉症の東田直樹さんがひとりの22歳の人間として
「人生とは、運命とは、幸せとは。」
人間として思い悩みながら悟ってきたこと。
外見からはわからない幸せな心の思いが伝わってくる。

<本文より>

 僕の望みは気持ちを代弁してくれる言葉がけと人としての
 触れ合いだったと思います。
 どんな自分も受け止めてもらえるという体験ができたからこそ、
 僕は壊れずに生きてこられたのでしょう。

 僕の望みはただ抱きしめて「大丈夫だよ」と言ってもらうことでした。
 そうしてもらうことができて初めて、人間としての一歩を踏み出せたのです。

 幸せな大人になれたのは家族のおかげです。
 僕が流した涙と同じくらい、家族も泣いてくれたことを僕は忘れません。


 

DATE: 2014/09/02(火)   CATEGORY: 幸福
「運命の人」は宇宙が教えてくれる 木村衣晴さん
最近書店で読んで良かった本。

「運命の人」は宇宙が教えてくれる
  ツインソウル研究家 木村衣晴


「運命の人」は宇宙が教えてくれる「運命の人」は宇宙が教えてくれる
(2014/09/02)
木村衣晴

商品詳細を見る

■内容紹介
あなたは「ツインソウル」とは何か、知っていますか?
ツインソウルとは、1つの魂を分かち合ってこの世に生まれた
魂の片割れ。
世界中にたった1人しかいない、究極の恋人のことです。

実は、運命の相手であるツインソウルと出会い、幸せになるためには、ある「法則」があります。
本書でご紹介する「ツインソウルを引き寄せる9つのルール」は、シンプルかつ実践的。
毎日の指針にしていただければ、必ず人生に良い変化が訪れるはずです。
しかも、9つのルールが引き寄せるのは、運命の恋だけではありません。
これらは、心と体の波動を高め、みなさんの運気そのものを格段に上げてしまう「人生の開運ルール」そのものなのです。

究極の恋人であるツインソウルに出会い、ツインソウルが人生にもたらす運命の愛のフルコースを、あなたもぜひ味わってみませんか?


メインは【ツインソウル】のお話。

すべて自分に必要な環境が与えられ
より成長できるようになっている。

転機が訪れた時、それによって失うものより
得たもの大切にすれば、良い変化が訪れ
より大きな幸せになれる環境が与えられる。

人生の経験には無駄なことは一つもない。

そんな「人生の開運ルール」のヒントが
まとめられています。

 
DATE: 2014/07/27(日)   CATEGORY: 幸福
「いのち」が喜ぶ生き方 & おかげさまで生きる 臨床医師 矢作直樹氏
最近読んで良かった本。

臨床医師 矢作直樹氏の書籍2つ

「いのち」が喜ぶ生き方

「いのち」が喜ぶ生き方「いのち」が喜ぶ生き方
(2014/05/21)
矢作 直樹

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第1章 「いのち」の数だけ、医療がある
第2章 自分の中の「治る力」「生きる力」を引き出す
第3章 魂・心・体を調和させて健やかに
第4章 「いのち」が喜ぶ生き方

心と体と魂を調和させ、
満ち足りた人生を生きるヒント。


おかげさまで生きる

おかげさまで生きるおかげさまで生きる
(2014/06/26)
矢作 直樹

商品詳細を見る

第1章 見えないものに意味がある
第2章 答えは出すものでなく出るもの
第3章 欲しがるのをやめる
第4章 評価は誰かの思い込みにすぎない
第5章 人は魂でつながっている

救急医療の立場からみた
「人はなぜ生きるのか」の答え。

DATE: 2014/07/01(火)   CATEGORY: 幸福
おすすめ!幸わせへのヒント集 「遠回りがいちばん遠くまで行ける」 著者 有川 真由美 
ちょっとした時間に心の調整ができて良かった本。

遠回りがいちばん遠くまで行ける 著者 有川 真由美

遠回りがいちばん遠くまで行ける遠回りがいちばん遠くまで行ける
(2014/04/24)
有川 真由美

商品詳細を見る

お金は、生きていくうえでかけがえのない、大切なもの。
人生を長い旅にたとえられるように、日々の生活もまた旅のようなもの。
この瞬間はどんどん遠ざかっていって、もう二度とやってくることはない。
目の前の面白いことや喜びをできるだけ味わって生きていくために、 自分のペースで歩き続けていく。
作家、写真家として多方面に活躍する有川真由美さんによる、 前に進めなくなったとき、道に迷ったとき、歩き疲れたときに読むエッセイ。
●人は思った通りの人になる。自分をどんな風に扱ってきたかが大切
●世の中のペースには、つかず離れず生きてみる
●人からどう見られるかを考えたら、途端にエネルギーは萎えてしまう
●3分待つ。3日待つ。3か月待つ。悩みはどうでもいいことになっている
(目次)
第1章 前に進む勇気がもてない人へ
第2章 どの道を行ったらいいかわからなくなっている人へ
第3章 一人で心細くなっている人へ
第4章 八方ふさがりになっている人へ
第5章 前に進んでいないと感じる人へ
第6章 前へ前へと進んでいる人へ
第7章 歩くのがしんどくなっている人へ


この瞬間はもう二度とやってくることはない。
目の前の面白いことや喜びをできるだけ
味わって生きていくためのヒントがある!


簡潔にまとめっていてわかりやすく読みやすい。
薄くてカバンに入れておけるので
ちょっとした時間にさくっと読める。
心の調整用としてお勧めです!
内容は難しくないのでプレゼントにもいいかも。

DATE: 2014/02/21(金)   CATEGORY: 日月神示
日月神示の開運法則 あの世・この世のしくみが導く メグリを知って身霊を磨く!
書店で見かけて即効で読みましたが
久しぶりに中矢伸一氏の気になる本が出ましたね。

日月神示の開運法則
あの世・この世のしくみが導く
 中矢 伸一 (著)

日月神示の開運法則: あの世・この世のしくみが導く (一般書)日月神示の開運法則: あの世・この世のしくみが導く (一般書)
(2014/02/19)
中矢 伸一

商品詳細を見る

内容
人は、メグリの中で生きている!! どう生きればいいのか、
豊かになるのはどうすればよいのか、
死んだらどこへいくのか、
神様とつながるにはどうすればよいか、
これから日本と世界はどうなるのか……
すべての答えは日月神示が教えてくれています。
日月神示の読み解きの第一人者である中矢伸一氏が、
自身の体験も踏まえて、開運の絶対法則を解き明かし、
誰でも実践できる開運法を伝授します。


最近スピリチュアル系の本や話題がブームの中、
日月神示バージョンも出てった感じですね。

日月神示を通して中矢 伸一氏が実践経験でわかった
あの世・この世のしくみがまとめられている。

日月神示ファンには良い内容だと思う。

みな表現は違いますが
日月神示でのメグリ取りといったカルマや輪廻転生的なことは
あると感じているが
意識次第で浄化できるものとも思う。

現在(今この一瞬)の意識で未来も過去をも変えられる!

自分にあった御言葉との出会いで
「気づき」や「めざめ」や「さとり」が導かれる。

同じことでも一瞬でわかったと感じるときと、
時間をかけてもよくわからないときがある。

時間をかけてもわからないときはまだ自分のレベルに
合っていない。

一瞬でわかったと感じる「気づき」や「さとり」を
多く経験することが大切。

最近、雲黒斎氏の「もっと あの世に聞いた、この世の仕組み」で
連載中の「“気づき”とは何か」を読むと例えがわかりやすく面白いですよ。
http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/

DATE: 2014/01/06(月)   CATEGORY: 神道
☆謹賀新年☆ 今年もありがとう! (神社庁ありがとうポスター)
謹賀新年01

今年もありがとう!

地元の神社に初詣に行ったときに見かけた神社庁のありがとうポスター。

ありがとうの文字が目に留まった。

ありがとう2010

ありがとう

太陽に、光に、この星の温かさに、
ありがとう。
雨に、川に、きれいな水に、
ありがとう。
大地に、杜(もり)に、お米に、
ありがとう。
祖先に、父に、花に、私の命に、
ありがとう。

感謝すべきものに気づいたら、
大切なものを守ることができます。

この鳥居向こうでは、
二千年以上ものあいだ、
感謝の心を捧げる祈りが
つづけられています。


このポスターは以前からあったようですが
後半の部分が違う過去のバージョンもある。

ありがとう2008

ありがとう

太陽に、光に、この星の温かさに、
ありがとう。
雨に、川に、きれいな水に、
ありがとう。
大地に、杜(もり)に、お米に、
ありがとう。
祖先に、父に、花に、私の命に、
ありがとう。

大切なものは、あなたのそばに、あたりまえにあります。
最近、あなたは何に感謝しましたか?

「ありがとう」
世界でいちばん大切なきもち。


こっちの文章のほうが好きですね。

「大切なものは、あなたのそばに、あたりまえにあります。」

この意識が大事ですね。

だから年の初めから「今年もありがとう」なのです。

すでに与えられていることに感謝!

宇宙森羅万象(神)のエネルギーに満たされている自分に気づけるか
幸せは求めるものではなく実感するもの!

過去でもなく未来でもない、今この瞬間を
どう思い生きるかがすべてです!


DATE: 2013/12/03(火)   CATEGORY: 日月神示
正統「竹内文書」の謎!?
最近読んだ本。

正統「竹内文書」の謎 竹内 睦泰


正統「竹内文書」の謎 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)正統「竹内文書」の謎 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)
(2013/11/26)
竹内 睦泰

商品詳細を見る


ネタがなくなってきたのか最近話題になっている竹内文書ですが

信憑性に欠けるところが多く、オカルトに近い内容だと思ってましたが

この本では竹内文書の正統な内容(武内宿禰氏継承)のポイントをまとめてあり
正統でない竹内文書の内容(竹内巨麿氏継承)を批判している。

竹内文書も物議を醸し出してきたようだが、この正統(武内宿禰)だと言っている
内容のほうがまともなことを言っているようで読んでいてしっくりくる感じ。

正統武内宿禰として思想の記録媒体となり未来へ受け継がれていく。

武内宿禰氏も初めて知りましたが、お札にもなっている人物。
武内宿禰

岡本天明氏の写真付きで日月神示や大本とも類似している点も書いてある。

すべてに古神道の思想が混在しているから類似するでしょう。

また、日本とキリストの関係のことも書いてありますが
真偽はどうでしょうかね?
キリストは日本に修行にきたのではなく、太陽を追って東へ進んでいくうちに
日本にたどり着いたというほうが納得がいく。

また日本の縄文文明が世界へ伝わったという
古代出雲大社・縄文文明とプラミッド・エジプト文明の関係も興味深い。

最近、縄文文明も見直されてきて点と線が繋がりつつある。


それぞれの解釈はあくまでも受け取る側の問題なので
あまり解釈に振り回されないようにしないといけないですが。

最近、妄想オカルト的な本が多く出版されるようになってきたので
見極めていかないといけない。


DATE: 2013/10/29(火)   CATEGORY: 幸福
「目から鱗が落ちる」によるウロコポーロ理論とは?! もっとあの世に聞いた、この世の仕組み より
もっとあの世に聞いた、この世の仕組み
ブログ より まとめ

「ウロコポーロ理論とは?!」

早速「ウロコポーロ理論」のお話を進めていきたいと思いますが、その前に。

まずはですね、この「ウロコポーロ」という、この言葉のニュアンスから
お話していきたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【ウロコポーロ】
目から鱗が落ちるさま。また、その人。
「目から鱗が落ちる」という慣用句を、ユーモアとともに見事に単語化した言葉。


「目から鱗が落ちる」という慣用句を辞書で調べてみると、そこには驚きの事実が。


*****
目(め)から鱗(うろこ)が落(お)・ちる
《新約聖書「使徒行伝」第9章から》何かがきっかけになって、急に物事の
実態などがよく見え、理解できるようになるたとえ。

*****


と、いうことで、この言葉の語源は「新約聖書」。
そしてまさに「キリストを迫害していたパウロ(サウロ)が目覚めを経験し、
回心するエピソード」から、来ていたんです。

で、さらに調べてみますと、この「鱗」は、魚の鱗のことではなく、
蛇の鱗のことだそうで。(蛇の目は鱗で覆われています。 脱皮のときに目の鱗も
一緒に剥がれるため、「目から鱗が落ちる」んだそうです)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「目覚め」も「気づき」も「アセンション」も「悟り」も、その言葉の奥に、
なんというか「何か新たなものを知った」というようなニュアンスを感じたり
しませんか?

「覚者」と聞くと、どこか「あらゆる真実を知った人(過ちを犯さない人)」を
イメージしてしまいませんか?

でも、僕がお話している「目覚めの一瞥」や「ウロコポーロ」のニュアンスは、
それとは、ちょっと違うんです。

「すべてを知った」というよりも、「誤っていたことに気がついた」と
いうことなんです。

「正しさを知った(得た)」のではなく、「鱗(思い込み)が落ちた」だけ
なんですね。


勿論、鱗が落ちた分、視界は以前よりクリアになっています。

でも、目の中にある鱗は、1枚や2枚じゃないんですよ。

「まだ入ってるのかよ!」と、さまーず三村さんのテンションで突っ込みたくなる
ぐらい、いろんな種類の鱗が入ってる。

だから僕は、「真実を知った者(覚者)」ではありません。
「目から、いくつかの鱗が落ちた者」です。

そしてまたその経験から、「ウロコ」の存在と、そのウロコを目に入れたがる
人間の心理に気づいた者です。

さらにさらに、一度落ちたウロコを、わざわざ目に入れ直したりもする者です(笑)


だから、僕がここでお話しているのは、絶対的な真理の提示ではありません。

そしてまた、僕好みの価値観・観念を広めることでもありません。

そうではなく、僕たち人間が、すでに持ってしまっている「自分自身の可能性を
閉ざし、自らを不自由にしている価値観・観念(鱗)」の存在に気づいて欲しい
だけなんです。

ここは大事なポイントなので、改めてお話します。

僕の話を「情報として得る」ことは、あまりオススメしません。

そういう使い方を前提としてこのブログに関わると、それは新たな「鱗」に
なってしまいます。

それは、僕のしたいことと真逆のことです。

僕の話は、あくまで「目から鱗が落ちる」を経験するための一つの切っ掛として
使ってください。

「得る」のではなく「落とす」(厳密には「落ちる」。自我には落と
せません)ために、使ってください。


僕は頻繁に「極端な話し方」をすることがあります。
知っておいて欲しいのは、僕がその話(話し方)を持ち出したのは、
別な意図があってのことだということです。

その意図とは、「無数にある鱗の中から、ある特定の鱗を、ピンポイントで
落とそうとしている」というものです。

「その鱗」が目に入っていた人は、そのメッセージを切っ掛けに「あっ!そうか!」
となる可能性がありますが、その鱗がない方にとっては、まるで意味を持ちません。
まるでピンときません。僕が、何を話そうとしているのかが掴めません。

だって「元からその鱗がない人」は、
「その鱗があることで、どんな世界が見えるのか」が、わかりませんから。

そして、そのギャップの中に、様々な意見が飛び交い、収拾の付かない論争が
生まれてしまうんです。

ですので、ピンと来ないときは素通りしてください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『目から鱗が落ちる』とは、「何かがきっかけとなって、急に物事の本質・実体などが
よく見え、理解出来るようになる」ということです。
その背景にあるのは、それまで自分の抱えていた固定観念の喪失や崩壊。

「新たな知識を得る」ことによってではなく、「保有していた思い込みが
喪失」されることによって経験されるのが、ウロコポーロです。


つまり、人間一人ひとりが保有している「思い込み」や「固定観念」こそが、
目の中にある鱗の正体。

それは「ネガティブ」と言われる要素だけではなく、ありとあらゆる概念が含まれ、
僕たちが当たり前に活用している「常識」や「通説」、「信念」や「信仰」なども
含まれます。

この鱗のことを、精神世界では「マインド」などといった名称で呼んでいます。

人間が経験するあらゆる苦しみは、この鱗の量に比例します。
鱗を重ねていくごとに、どんどん世界が歪んで見えていきます。
その歪みが、そのまま苦しみや痛みとなって感じられます。

しかし、その人にとって、どんなに世界が歪んで見えていても、世界そのものが
歪んでいるのではありません。
歪んで見せている「鱗」があるだけなんです。

いや、もう少し正確にお話するなら、『そもそも「世界」というものが実在して
いないのに、鱗があることによって、それが実在しているかのように錯覚して
しまっている』という方がいいのかもしれません。

僕たちが感じているこの「世界」は、存在はすれど実在はしないマト
リックス(超バーチャルリアリティ)です。


もし、このことを認められないのであれば、是非実在する「世界」というもの
を探してみてください。

突き詰めていけばいくほど、「世界」どころか「社会」や「国家」、あなたの
勤める「会社」や、通っている「学校」も実在しないことがわかっていくで
しょう。


「これはこれである」「あれはあれである」「私は○○である」
「彼は○○でなければならない」「彼女は○○をしてはならない」
「この事態は○○である」「この状態に私は○○な対応をすべきである」
などといった鱗の束が、その人独自のマトリックス(仮想現実)を
生み出します。


このことを逆に捉えると、そういった観念から解放されるごとに、
世界の見え方が変わっていく、マトリックスから脱していく、
ということになります。

そして、あるレベルまで鱗が落ちると、世界の見え方が急激に転換します。

でもそれは、
「ネガティブ(不幸)(負)が、ポジティブ(幸福)(正)になる」
という質のものではありません。
「ネガティブ」も「ポジティブ」も、どちらも「鱗」であったことに
気づく地点です。
「自分」も「他人」も「世界」も「時間」も、すべてが「鱗」を
通して見えた幻影であったことに気づく地点です。

そしてその気づきは、一瞬の出来事です。

「じわじわとゆっくり目から鱗が落ちた」という経験をした人は
いないと思います。
ウロコポーロは、「あっ!!」というインパクトがあってこその
ウロコポーロです。

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」と、
時間をかけて目から鱗が落ちた経験はありませんし、そういう人を、
見たこともありません。

そしてまた、「わたしの目から鱗は落ちたでしょうか?」と、
尋ねるのも何だか変な話です。

ウロコポーロは、「あっ!!」という明確な自覚があってこその
ウロコポーロですから。

でも、人によって「一度に何枚の鱗が落ちたか」という差は
あり得ます。

一枚ずつ落ちていけば小さな気づきの連続で、徐々に世界が変わって
いくでしょうし、一気に何枚もの鱗が落ちれば、それに比例しただけの
インパクトを感じることと思います。

で、その中に、日常の気づきとはちょっと次元の異なるウロコポーロ
・ポイントが存在します。

そのポイントの特徴は、意識ステージの移行を伴うことです。
このステージの移行によって、理解できる法則や運用するツールが
異なってきます。

ウロコポーロは、目の中に鱗があってこそ、はじめて経験できる喜びです。

もともと鱗の無い人が、ウロコポーロを経験することはできません。

さらに。
ウロコポーロは、目の中の鱗が、どんな鱗なのかがわからないからこそ、
面白さがあります。

「うわっ!」とか「えええっ!!」という驚きは、それを想像もできな
かったからこそ得られるものです。

既知の中に、驚きはありません。

だからこそ人は、自分が当たり前に実現できることを叶えても、そこに
喜びは見出しづらく、なかなか叶いそうもないことが実現することの中に、
確かな手応えや喜びを感じます。

鱗の量が増えることは、間違いなく苦しみを増やすことに繋がります。
しかしながら、鱗の量が多ければ多いほど、それが落ちたときの喜びは
大きなものとなります。

視力のいい人が、わざわざ度の強いレンズの眼鏡をかけていると思って
ください。
度数が合わなければ合わないほど、その眼鏡を外した時に開ける視界の
良好さに感動することでしょう。

それは、「視力が矯正されたことによる喜び」ではなく、
「もともと視力に問題がなかったことを知る喜び」です。

ウロコポーロの感動が小さくなるけど、その分苦しみを少なくするか、
それとも、苦しみを沢山抱えて、その分ウロコポーロの感動も
大きくするか、その選択・楽しみ方は、自由です。

とにもかくにも、自覚の有無にかかわらず、
この世はこの「ウロコポーロ」を楽しむための仮想現実世界です。


いうなれば、神が創り出したゲーム、超リアル・オンラインRPG
『幻想見聞録~ウロコポーロの冒険~』の世界。


このゲームは、人智を超えた、神の創造性によって生まれたクオリティを
誇ります。
そのクオリティの高さゆえ、あなたはゲームの世界にのめり込みすぎ、
ゲームの「キャラクター」になりきってしまいました。

ゲームの世界の外の次元にいる「プレイヤー」であることを、すっかり
忘れてしまいました。

なんせ、誰もが納得の、とんでもない「このリアルさ」なのですから。

このゲームをプレイする際の「意識」が、「キャラクター」の次元に
あるとき、それは「自我」や「顕在意識」といった呼ばれ方をします。

そして、「プレイヤー」としての次元にあるとき、それは「ハイヤー
セルフ」や「高次の自分」といった呼ばれ方をします。

さらに、意識が「ゲーム開発者」としての次元にあるとき、それは
「真我」や「潜在意識」といった呼ばれ方をします。

もしアナタがプレイヤーであることを忘れ、キャラクターと同一化して
しまっていても、大丈夫。

そのことを嘆かないでください。

実は、その「忘却」すら、ゲームの一要素(ファーストステージ)と
して用意されたものだからです。


次回からは、この『幻想見聞録~ウロコポーロの冒険~』のゲーム構造と、
いくつかに分かれるゲームステージの特徴をお話していきたいと思います。

もっとあの世に聞いた、この世の仕組み
http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/



目から鱗が落ちる話はわかりやすく面白かった。

「すべてを知った」というよりも、「誤っていたことに気がついた」

「正しさを知った(得た)」のではなく、「鱗(思い込み)が落ちた」


そうなんです、ここが肝心。
得るのではなく、手放してゆくことなんですよね。


次の『幻想見聞録~ウロコポーロの冒険~』のゲーム開発秘話も傑作です。

DATE: 2013/10/24(木)   CATEGORY: 幸福
幸せは追求した結果ではない! Joy 喜び(OSHO)より 書評と感想

Joy 喜び (OSHO) 書評と感想

どうしたらいつでも喜びや幸せを感じていられる?
著作は650冊、世界40ヶ国で大ブームを巻き起こした
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得るためのスピリチュアル入門書。
山川夫妻、渾身の名訳!

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もしあなたが幸せを追求しているのならば、
ひとつだけ確かなことがある。

あなたがそれを手に入れることはないだろう。

幸せは常に副産物なのだ。追求した結果ではない。


「憎しみにある人たちの中にいても、喜びと愛の中に生きなさい。
 苦しんでいる人の中にいても、喜びと健康の中にに生きなさい。
 不幸な人たちの中にいても、喜びと平和の中に生きなさい。
 輝いている人のように、所有せずに喜びの中に生きなさい。
 勝者は憎しみを蒔く。なぜならば、敗者が苦しむからだ。
 勝敗を手放し、喜びを見つけなさい。    ゴータマ・仏陀 」


あなたはすでに存在していない何かを相手にしている。

不幸が昨日から来ようが、明日から来ようが、
それは決してここには、今にはない。

今この瞬間、この今、不幸は不可能なのだ。

すると幸せは可能なだけではなく、
それはすでに起こっている。

それはあなたのすぐ前にあるが、よそを見続けているために、
あなたはそれを見過ごしているのだ。

幸せはあなたがいるところにある
-あなたがどこにいようと、幸せはそこにあるのだ。


それはあなたを取り巻いている。それは自然現象なのだ。
それはただ、空気のような空のようなものだ。

幸せは探し求めるものではなく、それは宇宙を作っている
原料そのものだ。喜びは宇宙を作っている原料そのものなのだ。

そしてあなたはそれを直視しなければならない。
あなたはそれをすぐに見なければならない。
もしよそ見ををしていると、
あなたはそれを見過ごしてしまうだろう。


日本語翻訳本なので読みづらいところも多いですが

この部分がとても印象に残った。

DATE: 2013/10/17(木)   CATEGORY: 幸福
感謝は「行為」ではなく「気持ちの表れ」である! もっと あの世に聞いた、この世の仕組み より

感謝は「行為」ではなく「気持ちの表れ」


「もっと あの世に聞いた、この世の仕組み」ブログより
http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/

変わったのは「意識の持ち方」ではなく、「意識のあり方」なんです。
多分、ここが「気づき」の有り無しで一番違う部分なんだと思います。
そして、いわゆる「成功哲学」と「精神世界」の大きな違いでもあります。

成功哲学の多くは「意識の持ち方」を指摘します。
一方、精神世界は「意識のあり方」を指摘します。

その内容を言葉にすると、どちらも「幸せの実現」に向けてのお話なので混同されがちですが、
この二つはベクトルが全く逆なんです。
どちらが良い悪い、と言うことよりも、役立てるステージが違う、と言った方が
いいかもしれません。
「幸せの実現」そのものにおける考え方が、まるで違っているんです。

例えば、「モチベーションの高め方」や「ネガティブ思考からポジティブ思考へ」
などといった《意識の持ち方》のお話は成功哲学的なもので、意識が「ファースト・
ステージ」にある時に活用されるものです。
ファースト・ステージは、「幸せ」を未来に設定する次元です。
これから訪れる幸せのために、いま何をすべきか。
幸せが未来に設定されている(「今」が我慢や犠牲などといった、未来の為への
踏み台になっている)ので、そのメソッドが簡単なものであれ、難しいものであれ、
そこには「努力」というものが必要となります。
その次元では、「○○をしたからこそ、□□を手にできたのだ」という因果に
基づく発想が根底にあるので、なんとなく「努力」と「結果」が比例しているかの
ような錯覚を覚えます。
「頑張った分の幸せが訪れる」という感じ。

だから、「大きな幸せを得るためには、もっと成長しなきゃ」だとか、「本当の
幸せを得るためには、人一倍の努力が必要なんじゃないか」「いまの自分には
理解できないような難しい何かをしなければ、幸せはほど遠いんじゃないか」
といったような感覚も同時に存在します。
(また、その感覚が強ければ強いほど、「努力をしていないのに幸せそうな人」
に違和感を覚え、その違和感が怒りなどにカタチを変えて表れたりもします)

でも、実際の現象界の仕組みは「頑張った分の幸せが訪れる」という構造では
ありません。
人生のどこかで「こんなに頑張っているにも関わらず、幸せが訪れないのは
なぜなんだ?」という壁に突き当たります。
それでもなお、ファースト・ステージの中に意識を置いておくと、「幸せを
実現するための、新たな原因探し」が始まります。

「そうか、きっと私の“原因”の設定や、やり方が間違っていたんだ。
正しいやり方を見つけなくては!」そして古今東西の「ああしてみましょう」
「こうしてみましょう」という情報検索と、検証が繰り返されます。

「精神世界」で語られている内容は、上記と全く異なります。

幸せを「未来(理想)」ではなく「今(現状)」の中に見いだす、そのことを
話しています。
話の前提に「未来」がないので、「ああしましょう」「こうしましょう」と
いった、「原因」が存在しません。
原因が存在しないので、「幸せになるには、どうすれば?」という質問に
答えられません。

ただ、意識を「未来や過去」のある次元から、「今」の次元へ移動させる
だけだから。

幸せを「今」の中に見いだすと(勿論、そこにしか見いだすことができない
のですが)、それに次いでおのずと「感謝」というものが顔を出します。
意識がファースト・ステージにあると、この言葉が歪んでしまいます。
「原因」を求めているがゆえ、今度は「感謝」を「原因」として使い
出そうとしたんです。

「ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
ありがとう!」そうやって、繰り返し「ありがとう」と唱えていくことで、
未来に幸せがやってくる。
そんな風に捉えてしまう。

でも、それは違います。

感謝が幸せをもたらすのではありません。
感謝は、それ自体が幸せの質です。


そもそも、感謝は「行為」ではありません。「気持ちの表れ」です。

「目覚め」や「さとり」という言葉においても同じです。
それを、「未来の幸せのための原因」として捉えないでください。

「今に還る努力」も必要ありません。

その努力(緊張・コントロール)が、意識を「今(リラックス・ゆだねる)」
から遠ざけてしまっているのですから。
「自分を変えなければ!」「状況を変えなければ!」
それが、人生においてずーっと続いてきたのであれば、「変えなきゃ」
という意図を手放すことの方が、「変わる」ことになるのですから。


いつもながらわかりにくいことをわかりやすく表現されていて感銘を受けますね。

意識はいつも「今」にフォーカスして、
「今」の中に幸せを見いだすことが大切!



 
DATE: 2013/10/12(土)   CATEGORY: 幸福
「死は存在しない、僕たちは死なない」 もっとあの世に聞いた、この世の仕組み より
「もっと あの世に聞いた、この世の仕組み」 著者 雲 黒斎

書評と感想 ②

「死は存在しない」、つまり「僕たちは死なない(死ねない)」

僕たちは出産の前から命はある。
では、もし命が、どこかの時点で宿ったり失われたりするような
ものなのだとしたら、その命は、いつ宿ったと言えるのでしょうか。

何かに命が宿ることがあるとするならば、まず先に、
命が宿っていない何かが必要になります。

僕たちが「命が宿っていない何か」「生きていない何か」だった
ことはあるでしょうか。
それは、まだ肉体が形成される前の「受精卵(胚)」でしょうか?
いや、確かに形としてはまだ人型になっているわけではありませんが、
受精卵だって休むことなく細胞分裂を繰り返しているのですから、
すでに「生きて」います。

ではそれ以前。
精子や卵子だった時はどうでしょうか。
それは、「生きていない何か」だったでしょうか。
そんなはずはありませんね。精子も卵子も生きていたからこそ、
それが結びついて受精卵になれたわけです。

と、いうことは……。あれ?
僕たちが何となく漠然と持っていた「一人に対して一つの命」と
いうその考えをそのまま活用するとおかしなことになってしまいます。

「精子には精子の命」、そして「卵子には卵子の命」が必要なはずです。

だとしたら、その二つが結びついた胎児には、精子分の命と卵子分の命、
つまり、二つの命が宿っているという話になってしまいます。

本当にそうであるなら、僕たちは「二度死ねる」ということになって
しまいますが、そんな人には出会ったことがありません。

つまり、僕がかつて抱いていた、
「僕の身体に僕の命が宿っている(一人に対して一つの命がある)」
という考え自体が大間違いだったということです。

僕だけの話ではありません。
単独として人の身体に宿る命など、誕生したことはありません。
最初からないのだから、失う事もできません。
だから、とても不思議なのですが……僕たちは死ねないのです。

命は、生まれることも、失われることもありません。
増えることも、減ることもありません。

しかし、『自我』と呼ばれる「私」という感覚は、
生まれたり失われたりすることがあります。

この感覚のせいで、僕たちは「生死」という根本的な
誤認を作り出してしまいました。

「自分と自分以外がある」というこの認識のされ方は、
幻想の中で行われている認識・錯覚で、本来存在のすべては
一つの同じものである。ゆえに、生命は複数存在するものではなく、
唯一無二の存在であり、人はみなその同じ命を共有している。
また、「自分」が命を所有しているものではなく、命そのものが
「自分」であるため、「命を失う」ということ自体がありえない。



「もっと あの世に聞いた、この世の仕組み」より
http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/



なんかこの内容に納得してしまう。
肉体の生死と精神の生死を混同するから矛盾が生まれるのですね。


これを裏付けるような内容が続きます。。。

DATE: 2013/09/27(金)   CATEGORY: 日月神示
「もっと あの世に聞いた、この世の仕組み」 書評と感想 ①
最近書店でみかけて読んで感銘した本。

「常識」や「当たり前」と名付けられた
たくさんの思い込みによって、
自由を失っている!


もっと あの世に聞いた、この世の仕組み 著者 雲 黒斎
(あの世に聞いた、この世の仕組み)

もっと あの世に聞いた、この世の仕組みもっと あの世に聞いた、この世の仕組み
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雲 黒斎

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あの世に聞いた、この世の仕組みあの世に聞いた、この世の仕組み
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雲 黒斎

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「さとり」「カルマ」「輪廻転生」「アセンション」…の仕組みに目からウロコ、間違いなし!
知れば、人生が楽しくなる!「一番わかりやすい」見えない世界の話。

普通のサラリーマンをしていた著者は、鬱病治療のためにつよ~い薬を飲んだところ、「雲さん」という守護霊と会話ができるようになりました。
そして、この雲さん、あの世の住民であるだけに、「この世」の様々な疑問をわかりやすく明快に説明してくれるのです。
ベストセラーとなった第1作目『あの世に聞いた、この世の仕組み』で、雲さんは「この世のからくり」や「苦しみが生まれる仕組み」を中心に教えてくれましたが、第2弾の本書では「さとる」ということから「輪廻転生」「アセンション」「『般若心経』のお経の意味」などを教えてくれます。
あなたもこの本を読めば、「見えない世界」に関する、今までわからなかったことや、不思議だったことがよくわかり、「心の平安」が取り戻せるはずです。

目次
 第1章 「誕生」という思い込み
 第2章 こんにちわ、赤ちゃん
 第3章 人生は「苦」なり
 第4章 オープン・ユア・ハート
 第5章 超説「般若心経」
 第6章 人生という名のスクリーン
 第7章 意味と価値のありか
 第8章 「うつ」にまつわるエトセトラ
 第9章 アセッション後の新世界
 第10章 スプリング・ハズ・カム


タイトルからちょっと胡散臭いと思いながら読んでみましたが
大変興味深い内容に感銘!!

突拍子のない内容でちょっと理解しがたいところもあったが、
例え話と掛け合いでわかりやすいようにまとめてある。

宇宙の法則はまだまだ理解しがたいと思っている人や
固執した思考概念を柔軟にしたい人にもお勧め!

「第一章[誕生]という思い込み」から

本来存在のすべては一つの同じものである。
ゆえに、生命は複数存在するのではなく、唯一無二の存在であり、人はみなその同じ命を共有している。
また、自分が命を所有しているのではなく、命そのものが自分であるため、命を失うということ自体ありえない。

「ない」ものを「ある」と勘違いし、「ある」という前提で疑問をもつから、何千年追い求めても答えはでない。
人間はありとあらゆるものを正しく認識できていない。生も死も存在しない。

「誰か」の誕生の際、この記憶データの一部が、意識とともに風船のような”小さな膨らみ”に流れ込んで、
そのデータが、生まれながらの性格や気質、才能、曖昧嗜好、また、性別や肉体の形状などといった特徴を決定づける。これが先天的なプログラムとしてありながら、後天的環境との組み合わせでさまざまな個性が形づくられる。

また、逆に、「誰か」が死を迎えると、その項別意識が抱えていた全記憶が大きな風船へ取り込まれ、他のデータと統合され、蓄積される。「誰か」が肉体を失うたびにデータが集まるのだから、ソースには膨大な記憶(ありとあらゆる経験や知識、感情など)が集積されている。境界がなくなったデータは次から次に上書きされ、たくさんの人の記憶が渾然一体となる。

「誕生」という運動が起こるときは、内側から外側へ向けての流れができる。その流動上に浮遊していた思考エネルギーや感情エネルギーなどが流れに巻き込まれる形で新しい膨らみへ入っていく。だから一人が「たくさんの前世の記憶」を持っていても当然だし、同じ前世をもつものが複数人いても不思議ではない。


「アナタという存在の本質は完全・完璧なものです。アナタはアナタのままでいいのです。ですから、他の何者かになろうなんて、エゴを肥大化させる様な努力は必要ないのです。さぁ、ありのままの状態(真我)を発見しましょう。アナタがこれまで苦しんできたのは、また、なにかしらの不満を抱えていたのは、その人生に何かが欠けていたからではありません。幻想の自分(固定化した思考)に飲み込まれ、本来の完全性を発揮出来ていなかったからなのです。アナタが幻想の自分から離れ、ありのままの状態であるために精神修行が必要となるのです。“必要となる”と言っても、それは物質や新たな知識を得ることではありません。完全性を妨げるモノを手放していくことなんです。」

幸せだろうと、不幸だろうと、結局は「夢の世界」。現実ではない、幻想の世界。良い夢を見ている人は、目覚めが遅くなる可能性が高い。

「精神世界」や「宗教」と呼ばれるモノの多くは、「悪夢」を見ている人に向けて語られている。
悪夢を見ているからこそ「夢なら覚めて!」という思いが強いので、“目覚め”に対しての強い意志が生まれやすくなる。逆に、良い夢を見ている方は「眠りの邪魔をするな。折角良い夢を見ているのに。」と、なかなか聞く耳を持ってはくれない。

精神世界」や「宗教」には、大きく分けて2種類の導き方がある。
一つは、「目覚め」を指し示す導き。
もう一つは、「悪夢」から「よい夢」へ誘う導き。
釈迦やイエスが説いたのは、前者の「目覚め」への道。その導きのキーワードは「気付き」。
なぜなら、自分が夢を見ていることに気付けば、夢から覚めることができるから。
「自分が夢を見ている自覚を持つ。そうすれば、自ずと目が覚める。」ただその事を伝えているだけなので、実は凄くシンプルな教えです。
一方後者は、いまだ眠りから覚めていない者(眠っていることに気付いていない者)が示した「その場しのぎ」の道。

その導きの核となるのは「方法論」。
目が覚めて「自分が無くなる」なんてことはない。

夢から覚めることで、夢物語での「自分の役」は消えますが、何の役も演じていないリアルな自分に出会うことができる。「幻想の世界」が消えることによって、ありのままのリアルな世界が現れる。

思考や感情に縛られることが無くなる。
固定化された思考パターンに気付き、それを手放す。

「固定化された思考パターンが無くなる」ということは、「思考が無くなる」のではなくて「柔軟な思考が可能になる」ということ。


宇宙は唯一無二の存在であり、
みなその同じ命を共有している!


それを著者が眼鏡をはずして見て感じた世界なので、
このイメージもありだと思う。

この眼鏡とは観念・思考・思い込みのこと。
自分の眼鏡をはずすことで見えてくるものがある。
それが日月神示でいう「身魂磨き」なのだと思う。

でも眼鏡はそう簡単にすぐにははずせない。
急にはずしても鮮明に見ることができない。

この本も含め、いままでに出会った本や教訓もすべて「身魂磨き」の導きだと感じる。

まだまだ興味深い内容が続く。。。

著者のブログもあり、この内容がベースみたい。

「もっと あの世に聞いた、この世の仕組み」ブログ
http://blog.goo.ne.jp/namagusabose


日月神示は岡本天明氏の眼を通して見た神一厘の仕組みの世界観。
いろんな視点から見ることで真実(神一厘の仕組み)がわかるようになってくる。

日月神示より
第一巻 上つ巻
第十帖 (一〇)
 神に目を向ければ神がうつり、神に耳向ければ神が聞こえ、神に心向ければ心にうつる、掃除の程度によりて神のうつり方が違うぞ。掃除出来た方から神の姿うつるぞ、それだけにうつるぞ。六月十九日、一二のか三。

第三十八帖 (三八)
 残る者の身も一度は死ぬことあるぞ、死んでからまた生き返るぞ、三分の一の臣民になるぞ、これからがいよいよの時ざぞ。日本の臣民同士が食い合いするぞ、かなわんと言って外国へ逃げて行く者も出来るぞ。神にシッカリと縋(すが)りておらんと何もわからんことになるから、早く神に縋(すが)りておれよ、神ほど結構なものはないぞ。神にも善い神と悪い神とあるぞ、雨の日は雨、風の日は風ということわからんか、それが天地の心ぞ、天地の心を早う悟りて下されよ。嫌なら嫌で他に代わりの身魂があるから神は頼まんぞ、嫌ならやめてくれよ。無理に頼まんぞ。神のすること一つも間違いないのぞ、よく知らせを読んで下されよ。ひつきのか三。

第二巻 下つ巻
第三十四帖 (七六)
 臣民はすぐにも戦済みて善(よ)き世が来るように思うているが、なかなかそうはならんぞ、臣民に神うつりてせねばならんのざからことの世の元からの臣民、幾人もないぞ、みな曇りているから、これでは悪の神ばかりが憑(か)かりて、だんだん悪の世になるばかりぞ、それで戦済むと思うているのか、自分の心よく見てござれ、よくわかるであろがな、戦済んでもすぐに善き世とはならんぞ、それからが大切ぞ、胸突き八丁はそれからぞ、富士に登るのにも、雲の上からが苦しいであろがな、戦は雲のかかっているところぞ、頂(いただき)までの正味(しょうみ)のところはそれからぞ。一、二、三年が正念場ぞ。三四五(みよいづ)の仕組と申してあろがな。八月の三日、ひつ九のか三。

第六巻 日月の巻
第三十四帖 (二〇七)
 この神示(ふで)よく読みてくれよ。早合点してはならんぞ。取り違いが一番怖いぞ。どうしたらお国のためになるのぞ、自分はどうしたらよいのぞと取次(とりつぎ)に聞く人たくさん出て来るなれど、この神示読めばどうしたらよいかわかるのざぞ。その人相当に取れるのぞ。神示読んで読んで肚(はら)に入れてもうわからぬということないのざぞ。わからねば神知らすと申してあろがな。迷うのは神示読まぬからぞ。肚に入れておらぬからぞ。人が悪く思えたり、悪く映るのは、己が曇りているからぞ。十一月二十九日、ひつ九のか三。

第八巻 磐戸の巻
第十七帖(二五三)
 この神は善き臣民には善く見え、悪き臣民には悪く見えるのざぞ、鬼門金神(きもんこんじん)とも見えるのざぞ、世はクルクルとまわるのざぞ、幸せ悪くとも悔やむでないぞ、それぞれの身魂の曇りとりているのざから、勇んで苦しいこともして下されよ、上が裸で下(しも)が袴はくこと出て来るぞ。神が化かして使うているのざから、出来上がるまでは誰にもわからんが、出来上がりたら、何とした結構なことかと皆がビックリするのざぞ、ビックリ箱にも悪いビックリ箱と、嬉し嬉しのビックリ箱とあるのざぞ、何も知らん臣民に、知らんこと知らすのざから、疑うは無理ないなれど、曇りとればすぐうつる、元の種持っているのざから、(早うこの神示読んで洗濯してくれよ、どんな大峠でも楽に越せるのざぞ、)神の道は無理ない道ざと知らしてあろが。身魂の因縁恐ろしいぞ。上下(うえした)わき上がるが近うなりたぞ。一月十四日、の一二か三。


 
DATE: 2013/09/19(木)   CATEGORY: 幸福
幸せになるには自己中心的よりも他人中心的のほうがいいのか?
幸せになるには自己中心的よりも他人中心的のほうがいいのか?
最近ずっと考えていた。

自己中心と他人中心を比べると
前者は悪く、後者は良いイメージがありますがほんとうにそうなのか?

本質は違う。

自己中心も他人中心もどちらも必要でそのバランス(調和)が重要だ。
価値観や思考に左右される。

【愛する人に愛される方法】の「自分を中心に考える」より
http://www.h5.dion.ne.jp/~takata/06/1.html

自分のことしか考えず、わがまま勝手に振舞う人のことを、「自己チュー」などと言いますが、正確に言えば、それは自己中心的なのではなく、むしろ、「他者中心的」なのではないでしょうか。
他人の迷惑をかえりみず、わがままばかり言う人も、自分の価値に自信がないから、「自分は、他人に迷惑をかけても許される、特別な権利があるのだ」という優越感で姑息な自尊心を保っており、また同時に、「他人がどこまで許してくれるか」ということを試しています。「他人に許してもらうこと、受け入れてもらうこと」の中でしか、自分の価値を見出せないのです。

「自己チュー」な人は、自分を愛し、自分を大切にしているかというと、決してそうではなく、いつも他人の評価に怯え、びくびくしています。
他人の評価が怖いから、自分をごまかし、そして、自分の心と正面から向き合うことを怖れて逃げてばかりいるから、自信がもてず、他人の批判に怯えなければならない、という悪循環の中で苦しんでいます。

「他人から認められ、愛される人間になるには、どうすればよいのか」と悩んでいる人に対して、私はこう断言します。
「他人の関心を引き、他人から認めてもらうことばかりを考えていては、一生、心の安定は得られませんし、幸せにはなれません」

他人は、自分を理解してくれなくて当然なのです。これは決して、冷淡な開き直りでも、人間不信にもとづく考え方でもありません。
他人に理解してもらえたなら、それは心から感謝すべきことですが、当然のように要求すべきことではありません。

恋人や友人に対して、不満や愚痴など、言いたいことがあるなら、まず、「自分の素直な気持ちを表現できるということ」を大切にし、そういう自分を愛しいと感じれば、それで充分なのです。よい意味での「自己中心的」ということです。
「自分が、良心とプライドにかけて、素直な気持ちに従って、本当にそうしたいと思うから、する」ということを何より大切にしてください。
「相手が自分の気持ちを理解してくれること」まで強要してはいけません。そうしなければ満足できないのは、他人に依存ばかりする「他者中心的」な考え方です。

他者中心的な人は、ともすれば、「他人を尊重する」ということを、「何でも他人のわがままを許し、言いなりになる」ことだと勘違いしてしまいます。そして、他人を操作しようとする人に、うまく利用されてしまいます。
これも、「自分の意志をもたず、他人からどう見られるかということばかりを気にする」結果です。意志を伴わない優しさは、自分を傷つける結果に終わるだけです。

よい意味で自己中心的な人は、他人に流されず、かといって自分の都合だけを押し付けることもなく、他人と健全な人間関係を築くことができます。

自分を中心に考えることができる人は、自己価値というものを、「自分の気持ち、自分の考え、自分の言動」の中だけで完結することができます。
他人からどう評価されるかということは、あくまで「おまけ」にすぎないのです。


良い価値観や思考がなければバランスが崩れ
悪い自己中心、悪い他人中心に陥いってしまう。

価値観や思考には、文化、信仰、人間関係(家族関係)が影響している。

価値観や思考の上に、自己中心と他人中心があることを取り違えないようにしなければならない。

では神中心ではどうかと考えるが、
この神中心も価値観や思考の上に成り立っていて悪い神中心に陥る(取り違い)場合もありえる。

日月神示にも「身魂磨き」が必要とある。
明るく晴れやかで、清らかな子どものような心になるように曇りを取り除いてゆくことだが、

それは宇宙の法則に従って人間完成のために行うものであり、
神のお気に入りとなって終末から救ってもらおうとか、
立て替え立て直しの先頭に立とうとかいうことで行うのは真意ではない。

第一巻上つ巻
第十帖 (一〇)より
 神に目を向ければ神がうつり、神に耳向ければ神が聞こえ、神に心向ければ心にうつる、掃除の程度によりて神のうつり方が違うぞ。掃除出来た方から神の姿うつるぞ、それだけにうつるぞ。六月十九日、一二のか三。

結局のところ、こうしたらいいとかこうしなければいけないとかは一人ひとり違うので、
まわりとの調和を優先しながら自分自身で実践・探究してゆくしかない。

皆が幸せなミロクの世となるためには、調和は不可欠であり
神(宇宙)中心でもあり、自己中心でもあり、他人中心でもある、
すべてに調和できるようになることが身魂磨きの本質でもあるのだ。

自分があって他人がある。
他人があって自分がある。
神(宇宙)があって自分がある。
自分があって神(宇宙)がある。

すべて調和の上に存在し成りたっている。
宇宙の法則に対立すれば自然淘汰される。

感謝がなければ対立が生まれ自然淘汰される。

自然淘汰も宇宙の法則。

強いものが残り弱いものが淘汰されるのではなく
必要とされるものが残り必要とされないものが淘汰されるのが本来の流れだ。

しかし、必要とされるかどうかは他人が判断するものではない。
感謝しているか、感謝していないかですべてが決まる。
感謝しているものは必要とされ生かされる。

淘汰の本質は、排除ではなく、死んで生きること。
エネルギーの循環。食物連鎖も輪廻転生も同じ。

あまり環境に流されないように宇宙の法則に従って
すべてに感謝して自分の本心の思い通りに
楽しく生きたほうが幸せになれる。

DATE: 2013/09/04(水)   CATEGORY: 幸福
わたしが神さまから聞いたお金の話をしてもいいですか?(井内 由佳) 書評と感想
最近立ち読みしてヒントになった本。

わたしが神さまから聞いた
お金の話をしてもいいですか?
 著者 井内 由佳

わたしが神さまから聞いたお金の話をしてもいいですか?わたしが神さまから聞いたお金の話をしてもいいですか?
(2013/08/22)
井内 由佳

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お金は、生きていくうえでかけがえのない、大切なもの。
お金といい関係を保ちながら、一生仲良くしたいですよね。
でも、〝お金をたくさん得る〞ための近道と世間で言われている常識や習慣が、実は、あなたを貧しくさせていることも少なくありません。
あなたが、どんなに仕事をがんばり、倹約し貯金に励んでも、それが、お金の真理に反していれば、逆に、お金を失ってしまう原因となることもあるのです。
本書は、お金の常識や習慣を取り上げ、神さまがおっしゃられる真実を、一つひとつ丁寧に解説しています。
「がんばっても上手くいかない」「ツイてない」と思っていたあなたも、本書を読むことで、神さまやお金に好かれるだけでなく、恋人や夫、友人、上司や同僚など、周囲の人にも愛されて、確実に豊かになっていくことができるのです。


特に印象に残ったところ:

お金が行きたいところへに行かせてあげると、
仲間を連れて帰ってくる。
お金というものは、人を喜ばせるために使うと、
自分の元にかえって来てくれる。

お金から好かれ、お金が寄ってくる大切な心がけは
お金を自分だけに使うのではなく、
自分にとって大切な人、自分を助けてくれた人、
自分を支えてくれた人の役に立つように使うこと。

出すべきお金を出さないときとか、
受け取るべきでないお金を受け取ったときは
思いがけない出費がある。値切ることも同様。

お金のどん底から這い上がるには、
作った借金をかえすことが一番の近道。
心機一転し、ここで仕切りなおして、ご迷惑かけた方たちに
どうにかしておかえしをしようと強く思った人が、
お金を稼ぐことができる。

物事が上手くいった後の行動が、これから先の人生を決める。

お金は出したところからかえってくるとは限らない。

恩を忘れることが、金運を一番大きく落とす。

「表さま」よりむしろ、「お蔭さま」のほうに感謝するのが先。
「お蔭さま」を大切にする。

相手に対して「思ったこと」「味わせたこと」が自分にかえってくる。

「神さまの力」は相手と自分との差異に動く。
自分が人からしてもらったことよりも、誰かにしてあげたことが
多い人はプラスの差が生じる。また、してもらったことよりも、
してあげたことが少ない人はマイナスの差が生じる。
その差がプラスであれば「幸運」、マイナスであれば「不運」が
与えられる。

心と体は繋がっている。
体のどこかが不調な場合などは、感謝の気持ち、謙虚な気持ち、
恩を返す気持ちが薄れていないか、もう一度思い返してみる。
体がだるい、疲れがとれないのは、お金が離れはじめる前兆の一つ。



感想:

お金に好かれる自分になることが大切。
具体的な例でわかりやすくまとめられている。

やはり共通点は感謝の心。
お金は気持ちに反応する。
お金はエネルギーと同じ。

意識転換するときに自己中心的な現実逃避や努力は良くない。
状況を変えるために必要な時もあるが、
それによって他人に迷惑や危害を及ぼしていては意味がない。

森羅万象から好かれるように
どんな時も他人中心でいられることが幸運を招く。

他人中心でいられることがお金(エネルギー)を呼び込み
そのお金(エネルギー)も他人中心に消費することで
さらなるお金(エネルギー)の循環が生まれ
永遠に続いていくのが宇宙の真理。

書籍:宇宙にたった1つの神様の仕組み(飯島 秀行氏)より

【エネルギーの真理】
 エネルギー(空気、もしくは電子)を呼び込むサイクルが
「吸引サイクル」であり、反対にエネルギーを抜けるのが
「放出サイクル」である。
 つまり、ある物質の温度や圧力を、その物質を取り巻く物質や
空間よりも高めると、その物質にエネルギーが呼び込まれて
良いものへと変化する。
 結果の世界の例で滝や川、風(気圧)は、すべて「高」から
「低」へと流れていくのと逆で、原因の流れは、常に「低」から
「高」へと向かう。

DATE: 2013/08/29(木)   CATEGORY: 日月神示
昭和天皇武藏野陵へ行ってきました! 日月神示ひふみ祝詞も奏上!
8/29高尾にある武藏野陵(昭和天皇の陵)
行ってきました。
中野から電車で近いので一度は行ってみたいと思ってました。

入口を入ってきれいに玉砂利が敷かれた
参拝者もほとんどいなくなった並木道の参道を
歩いていると自然の中に自分だけいる感じで
いつもと違う雰囲気で開放的な気分になります。

残暑の中でありましたが閉門時間の間際の夕方だったので
木陰の道は涼しく感じました。

武藏野陵03

人の気配がなくなった開放的な参道。

武藏野陵02

鳥居が印象的で壮大な雰囲気。

武藏野陵01

68年前に戦争終結させ、今の日本国があることに感謝し
さらなる世界平和の志が成就されることを祈願させて
いただきました。日月神示ひふみ祝詞も奏上。

面前で警察官が警備していたのが気になりましたが
閉門間際でもあり私たちが最後の参拝者でしたので
警察官に尾行されながら(^^;)出口に向かいました。

高尾はのどかなところだったので、
なんか田舎に帰ってきたような気分で
涼しい秋の紅葉の時期にゆっくりとまた来てみようと
思いました。

昭和天皇武藏野陵
http://www.kunaicho.go.jp/ryobo/guide/124/



DATE: 2013/08/15(木)   CATEGORY: 日月神示
日月神示がおろされた68年前の昭和天皇による無条件降伏と戦争終結
今日は68年前の終戦となった
昭和天皇が敗戦の事実を直接国民に伝えるため、
玉音放送により肉声(録音)で詔書のラジオ放送がされた日。



ちょうど、日本で上映中の映画「終戦のエンペラー」があったので見てみた。

終戦のエンペラー
映画「終戦のエンペラー」
http://www.emperor-movie.jp/
昭和天皇の戦争責任の免責をめぐる人間模様のハリウッド映画。

It's not a black and white issue, General.
You incinerated two of our cities,
turning our children into shadows on the walls.
We are both guilty.
Yes, we seized territory in China,
but did not Great Britain,even Portugal, precede us?
Yes, we took Singapore and the Malaya,but we took it from the British.
We did not take the Philippines from the Filipinos,but from the Americans,
who themselves took it from the Spanish.
If it is an international crime to take territory by force,
who convicted...
the British, French,Dutch, and American leaders?
Nobody.
And what is different with Japan?
Nothing.
(それは「白か黒か」と言う問題ではありません。
あなたがたは我が国の2つの都市を焦土と化し
その結果、我々の子孫は現実から消え去らせられた。
我々両者とも有罪です。
確かに我々は中国を占領した。
しかし、英国、ましてボルトガルの後に行なったではないか?
確かに、我々はシンガポールおよびマラヤを占領した。
しかし、それは英国人から奪ったのである。
我々はフィリピン人からフィリピンを奪ったのではない。
アメリカ人から奪ったのだ。
そもそも、アメリカ人はスペイン人から取ったのであるが
もし武力で領土を占領するのが国際犯罪であれば
英国、仏国、オランダそして米国の指導者たちの誰に罪を
帰すことが出来ましょうか?
誰にも不可能です。
これらの国と日本は何が違いますか。
何も違いません。)


最後のダグラス・マッカーサー陸軍元帥との会見のシーンが印象的。

マッカーサーと昭和天皇

I come to you, General MacArthur, to offer myself as the one to bear sole responsibility.
I wish that the punishment will fall on me,not on Japan.
(マッカーサー元帥殿、私は全ての責任は私が負うということを申し述べるために参りました。
 罰は、日本にではなく私に与えられることを望みます。)

戦争を始めたのは誰なのかは明らかではないが
戦争を終結させて世界平和へ導こうとしたのは
明らかに昭和天皇であった。

日本の運命を左右する大きな決断があった。

DATE: 2013/08/09(金)   CATEGORY: 日月神示
広島と長崎の原爆投下から68年、日本人はどう変わったのか?
1945年(昭和20年)、広島と長崎に原爆が投下された。

8月6日 午前8時15分17秒
アメリア軍B29エノラ・ゲイが広島市にウラニウム型原爆「リトル・ボーイ」を投下
死者14万人前後

8月9日 午前11時2分
アメリア軍B29ボックス・カーが長崎市にプルトニウム型原爆「ファット・マン」を投下
死者約14万人

たった68年前のことですが、今の日本の豊かな状況からは考えつかない。
日月神示もこの時期におろされた。
いまなぜ日月神示なのか?
平和ボケで忘れられている日本の使命を再認識させるためであると。
3.11大震災も大きな意味をもっているのに、もう過去のこととなりつつある。

何が正義でなにが幸せなのか?

8年前にかわぐちかいじ氏の「ジパング」という漫画がアニメ化された。
現代の海上自衛隊の最新鋭イージス艦が第二次世界大戦中の日本にタイムスリップして、大日本帝国海軍とアメリカ海軍の狭間で存在意義を苦悩していく。



今見ると良い観点で描かれていたと感じた。
残念ながらアニメは途中で中断してしまったようですが漫画本は完結している。
アニメ化を続行して欲しいくらいストーリー展開が意味深い。

未来を知ってしまったある一人の元日本海軍少佐が無条件降伏後に国家としての自立性を失った戦後日本を憎んで新しい未来ジパングに導こうと、最後に原爆を完成させて戦艦大和に極秘で積み込む。
その計画を阻止しようとイージス艦の乗組員たちが立ち向かう。

われわれの戦力(存在)は
人を殺めるものではなく
人を救うためにあるのだ!


これからの日本のあり方のヒントが感じられる。
DATE: 2013/07/31(水)   CATEGORY: 日月神示
新刊即行! 「秘義編 [日月神示] 神一厘のすべて」 の書評と感想
楽しみにしていた本が発売された!
前日の31日夜には書店に並んでいた。
表紙の青の枠のラインが目立っている。
早速まずは即行立ち読みで。。。


スメラの民へ
秘義編[日月神示]神仕組のすべて
霊界物語から日月神示に繫がる秘義が遂に明かされる
著者:内記 正時

スメラの民へ 秘義編[日月神示]神仕組のすべて 霊界物語から日月神示に繫がる秘義が遂に明かされる(超☆どきどき)スメラの民へ 秘義編[日月神示]神仕組のすべて 霊界物語から日月神示に繫がる秘義が遂に明かされる(超☆どきどき)
(2013/08/01)
内記 正時

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「日月神示」新次元解釈のクライマックス。
神人(霊主体従)へ至る道を徹底解説する決定版。
渾身の三部作ここに完結!

◎ 『霊界物語』と『大本神諭』は日月神示の謎を解読する手がかりとなる
◎ 鳥居と注連縄は国祖様(国常立大神)を封印するために悪神が仕掛けた装置だった
◎ 真正面からメグリを受け止めて取り組むと、身魂磨きは「霊主体従」に向かい、「一厘の仕組」の成就に繋がる
◎ 「穢れ」とは人間が神から受けている「神性、神の光」が顕現されていない状態で、「祓い」とは真我を開放して外に出すこと
◎ 「ひふみ大祓詞」は「ミロクの世の祝詞の型」を出すために降ろされた究極の祝詞
◎ 神が個別化し人格化した存在「赤子」は生まれながらにして「霊主体従」で、人間は親と赤子の関係で限定的なミロクの世を経験している
◎ 『龍宮神示』が発端になった日月神示の改竄説の真相とは?
◎ 岡本天明は補巻「月光の巻」を日月神示に収録することによって、自らのメグリ取りを果たしていた

感想:
どきどき、わくわくしながら前書きからじっくり読みはじめた。
三部作の完結とあってすべて詰め込んだ感じで内容は専門的で細かく濃い内容。
そのためちょっと読みづらかったが、一通り最後までざっと読んでみると全体を理解しやすくなった。

全体的に真我と自我、善の御用と悪の御用、善と悪といった表裏矛盾していることについての解釈が細かく論じられている。霊主体従と体主霊従、穢れと祓いの意味、月光の巻の解釈など、興味深い内容がたくさん出てくる。

我がなくてはならん、我があってはならず」の意味もよく理解できた。

我には真我と自我があり、両方とも必要不可欠でどちらも欠けてはならない。
真我によって善の御用が成し、自我によって悪の御用が成される。
この相互作用によって神の経綸が織り成されていく。

第21巻 空の巻 第八帖より
「神示はその時の心にとりて違はん、磨けただけにとれて違はんのであるから、我の心通りにとれるのであるから、同じ神示が同じ神示でないのざぞ。悪の世が廻りて来た時には、悪の御用する身魂をつくりておかねば、善では動きとれんのざぞ、悪も元ただせば善であるぞ、その働きの御用が悪であるぞ、御苦労の御役であるから、悪憎むでないぞ、憎むと善でなくなるぞ、天地にごりて来るぞ、世界一つに成った時は憎むこと先づさらりと捨てねばならんのぞ」

我の特徴である「慢心、取り違い、欲深、近欲、我れ善し、独善」が「自己正当化」によって善となり正義となってしまう。
自分では善だと思っていても他人からは悪にみえることもある。

日月神示には、岡本天明氏を通してメグリ取り(身魂磨き)の仕組みの型が記されている。そのために善と悪をどう受け止めていったらよいのかヒントになった。

「もうひとつの」という考えが出てくるのですが、

宇宙は陰陽二性性相であるのならば、元は善と「もうひとつの善」があって
「もうひとつの善」が悪に穢れて、善と悪に分離されてしまった。
この「悪」をもともとの「もうひとつの善」に復帰して、分離されていた善と
ひとつにすることが神の仕組みでありメグリ取り(身魂磨き)である。


と言うことか。

各章ごとにじっくり読みなおしてみたい。

 
DATE: 2013/07/19(金)   CATEGORY: 幸福
貯めなくたって、大丈夫!(はづき 虹映) 書評と感想
立ち読みしてヒントになった本。

貯めなくたって、大丈夫! 著者 はづき 虹映

貯めなくたって、大丈夫!貯めなくたって、大丈夫!
(2013/06/10)
はづき 虹映

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お金は気持ちよく使えば気持ちよく返ってくる!
「万が一」に備えるから、「万が一」を招く!
お金の本質は「宇宙のエネルギー」。
本当の幸せを教えてくれるお金の新常識。
すぐに効く9つのエクササイズ付き。

スピリチュアルな観点でのお金についてのお話。

皆お金に関して誤った認識を持っている!

お金はエネルギーのようなもの。
交換のための手段にしか使えない。
交換するものがなければタダの紙。

エネルギーは貯め込むものではなく、使う(循環させる)もの。

水・電気は「使う」ものであって「所有する」ものではない。
お金も同じ。

こころよく使えばまた回ってくるもの。
良くも悪くも、お金を使う貯めるときの動機や気持ちが問題。

「万が一」を考えて貯め込むことが「万が一」を招く。
貯めるうちに腐敗(劣化)が始まる。
お金を節約することも誤った認識。

自分の好きなことにエネルギーを使っているときが一番の幸せ。
そのために使うお金というエネルギーである。
エネルギーは貯めるもの(エネルギーの独占)ではない。

人間や生き物は、水がないと死んでしまいますが、
お金がなければ死ぬということはない。

水や光(太陽)はいつでも手に入れられる。

本当に必要なものは無償で与えられる!

いま「ある」ものに感謝する。いま「ある」ものにフォーカスする。
「貯める」から「使う」へ、所有権から使用権への転換。

 日月神示より
第四巻 天つ巻
第二十帖(一二七)
 神の世と申すのは、今の臣民の思うているような世ではないぞ、金(きん)は要らぬのざぞ、お土からあがりたものが光りて来るのざぞ、衣類、食べ物、家倉(いえくら)まで変わるのざぞ。草木も喜ぶ政治と申してあろうがな、誰でもそれぞれに先のわかる世になるのぞ。お日様も、お月様も、海も山も野も光り輝くぞ、水晶のようになるのぞ。悪はどこにも隠れること出来んようになるのぞ、博打(ばくち)、娼妓(しょうぎ)は無く致すぞ。雨も要るだけ降らしてやるぞ、風もよきように吹かしてやるぞ、神を讃える声が天地に満ち満ちて、嬉し嬉しの世となるのざぞ。八月の七日、ひつ九のか三 ふで。

DATE: 2013/07/01(月)   CATEGORY: 幸福
宇宙とつながる!願う前に、願いがかなう本! 書評と感想
最近立ち読みしてヒントになった本。

宇宙とつながる!
願う前に、願いがかなう本
  著者 Keiko

願う前に、願いがかなう本願う前に、願いがかなう本
(2013/06/15)
Keiko

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自分の願っていることがかなったら嬉しい。
でも、願う前にかなっちゃったら、もっとよくない?
愛もお金も幸せも、すべて手に入れたいあなたへ。

引き寄せのカリスマが明かす「究極の願望実現法」
宇宙に愛されるには?
幸運のサインを読み取るには?
読むだけで「運命の輪」が回り出す!

 はじめに-あなたも「思い通り」の人生が手に入る!
 プロローグ-いつも「望み通り」になる人はどこが違うの?
       願いは“かなえてもらう”もの
 第1章-「今すぐかなえたい願い」があるなら?
      宇宙とツーカーになる3つのステップ
 第2章-あなたの「運命の輪」をまわすには? ~条件1
      自分の「ホーム」に身を置く
 第3章-あなたの「運命の輪」をまわすには? ~条件2
      ピンときたらアクション
 第4章-今すぐ「運命の輪」をまわすには?
      「強運な人」だけがやっている7つのアクション
 第5章-どうしても、夢がかなわないなら?
      あなたを幸せに導く8つの真実
 第6章-潜在意識をまるごと変えるには?
      「願う前に、願いがかなう体質」になる!


目に付いたので読んでみた。
特に印象に残ったところは。

願いは“かなえてもらう”もの!
「運命の輪」をまわすスイッチを押すだけ!
宇宙とツーカーになる!
宇宙から気づいてもらえるように光を放つ!
自分の「ホーム」に身を置く!
応援してくれる、支えてくれる、
助けてくれる環境が
自分のホームであり、
「運命の輪」をまわす力となる。



このことは「心から感謝すること」と関係が深いと思った。
自分ひとりの力ではなにもできない。
第三者の応援、祝福があれば、必然的に喜びの感謝の思いが溢れる。
喜び感謝の思いを持続させるには、第三者の応援、祝福が不可欠。

ほんとうに心から感謝できているのか?
「感謝しなければならない」と頭では考えているが
心からは感謝できていないことが意外と多い。

自分ひとりでは喜び感謝することはできない。
人と交わらなければ何も与えられない。
自分を主体にしていては何も輝かない。

愛の光りの大きさは、人や万物からどれだけ
応援、祝福されているかで決まる。


親から、家族から、友達から、同僚から、仲間から、
多くの応援、祝福される輪があれば(つくれば)
心から感謝が溢れだし、愛の光りも広り
宇宙からも気づかれやすくなる。

それが「運命の輪」を回すスイッチ、力となり
願う前に、願いがかなう「運命の輪」が回り出す。

第十三巻 雨の巻
第六帖(三四〇)

我さえ良けらよいとまだ思って御座る臣民まだで御座るぞ、自分一人で生きて行けんぞ、神ばかりでも生きて行けんぞ、爪の垢でもだてについているのではないのざぞ、わからんと申してもあまりで御座るぞ、まつりせよ、地(つち)にまつろえよ、天(あめ)にまつろえよ、人にまつろえよ、草木動物にまつろえよと、くどう知らしてあるのにまだわからんのか、神拝むばかりがまつりでないぞ。


DATE: 2013/06/21(金)   CATEGORY: 神道
美しい「形」の日本 書評と感想
最近立ち読みしたてよかった本。
美しい「形」の日本 著者 田中英道

美しい「形」の日本美しい「形」の日本
(2013/01/30)
田中英道

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【内容】
縄文・遮光器土偶、前方後円墳、法隆寺、聖徳太子、運慶の謎に迫る!
そして万世一系の天皇も「形」の美だった!?
歴史学者や考古学者が見落としていた真実。
文字ではあらわせなかった美の衝撃。

日本再発見! 文字資料にはあらわれない、隠された日本文化の特性は
「形」を読み解かなければ、本質は見えてこない。

【目次】
第1章 「文字」より「形」の日本文化
 ・日本には世界的な美術品が目白押し
 ・日本人は「形」と「言葉」は別物と考えてきた
 ・文字の有無が文明を計る尺度か?
 ・縄文土器のすばらしさ
 ・日本は文字など必要としない平穏な社会だった
 ・過度の「文字信仰」排す
 ・『魏志倭人伝』からは見えてこない三世紀日本の実像
 ・仮名文字を生み出した日本人の形象感覚
 ・「フォルモロジー」で日本文化を捉えなおす

第2章 無文字時代にも高度な文化があった
 ・「形」の文化はすでに縄文中期に確立されていた
 ・土偶に見る原日本人の心性
 ・仁徳天皇陵は世界最大の墳墓である
 ・前方後円墳のナゾを解く
 ・ナイーブであどけない埴輪は「霊」の象徴である
 ・現日本人の宗教観①~自然信仰
 ・現日本人の宗教観②~御霊信仰、皇祖霊信仰

第3章 日本文化における「形」の優位
 ・仏像の美に衝撃を受けた欽明天皇
 ・聖徳太子が建てた世界最古の木造建築
 ・聖徳太子が日本人の信仰の「形」を定めた
 ・墓から寺への「形」の移動
 ・日本の仏像はなぜすぐれているのか
 ・飛鳥・奈良時代の天才仏師たち
 ・アトリビューションの重要性
 ・パトロンの存在も見逃せない
 ・奈良の大仏は日本のシンボルであり誇りであった
 ・美術作品は「失われた形」を回復する
 ・運慶と西行-鎌倉彫刻の意外な接点
 ・絵巻で読む日本歴史
 ・西洋絵画を革新した浮世絵の魅力

第4章 あらゆるものに反映される日本の美
 ・万世一系の天皇も「形」の美である
 ・伊勢神宮の驚異
 ・天武天皇にはじまる「天皇」の呼称と「伊勢祭祀」
 ・神道とは何か
 ・「個」の問題は仏教で、「公」の問題は神道で
 ・「神仏融合」意外史
 ・神話以来の美しい記憶
 ・”権威”と”権力”のバランス感覚
 ・茶道や能に見る「型」の美
 ・「歌の前では平等」という日本の伝統
 ・神道と日本の美しい作法
 ・老人像の傑作群を生んだ長幼の序

第5章 日本文化の普遍的価値
 ・日本文化の価値を発信せよ
 ・「クールジャパン」の魅力
 ・世界を席捲する「匠」の技
 ・「日本型経営」を見直せ
 ・「論語と算盤」という日本的考え方
 ・共同体意識は日本人のDNA
 ・世界最古の企業は日本にあり
 ・各地で伝承される祭りのエネルギー
 ・生命科学を先取りしていた日本人の知恵
 ・こんな時代だから伝えたい”省略の美学”

日本の「形」に着目した独自の形象学の考え方が面白く参考になる。

日本は「形」の文化。確かに日本人は「形」にこだわる。
型を作るのも得意。型をまねるのも得意。

日本人の形(型)にこだわる意識は、いつどこからきたのだろうか?

それはすでに縄文時代にはあった。縄文土器の複雑な形(模様)から芸術的なこだわりが見える。
また、日本が起源である前方後円墳はじめ古墳も「形」を意識して作られている。

宗教性においても「形」は重要であった。
なぜ神道だった日本で仏像信仰が受け入れられたのかの?

神仏融合の本地垂迹(神仏習合思想)において、「仏や菩薩が日本の神々の姿を借りて、人々を救うために現れる」という垂迹神と本地仏の思想がある。この逆の観点で見ると、いままで偶像化を禁止されて文字でしか表現できなかった日本の神々が、仏を通して形として象徴化したことも神仏融合できた要因だったのでは。

【本地垂迹の関係】
天照大神 = 大日如来、十一面観世音菩薩
八幡神 = 阿弥陀如来 = 応神天皇
熊野権現 = 阿弥陀如来、善財王とその妃・王子(熊野曼荼羅)
日吉 = 天照大神 = 大日如来
素盞鳴 = 牛頭天王= 薬師如来
大国主 = 大黒天

また、日本の仏像は粗悪なものではなく崇高な美しい芸術的なものが多い。
この芸術性の高さも人々を魅了していった要因だった。
神社仏閣の建築においても同様に言える。
日本の匠とよばれる職人たちのこだわりの精神でもあり、今も受け継がれている。

そこには、美しい「」保つことが日本の「」の原則であり
日本の「形」を一貫して追求する精神性があった。
血統や伝統や文化もすべて「形」、「形」を保つことが美徳とされる。

 形=美=崇高=神

日本人は皆、この感受性を生まれながらに持っていたと思う。

日月神示の中にもに関することが出てくる。
第五巻 地つ巻
第十七帖 (一五四)
 まことの善は悪に似ているぞ、まことの悪は善に似ているぞ、よく見分けなならんぞ、悪の大将は光り輝いているのざぞ、悪人はおとなしく見えるものぞ。日本の国は世界の雛であるぞ、雛でないところは真の神の国でないから、よほど気つけておりてくれよ、一時は敵となるのざから、ちっとも気許せんことぞ、神が特に気つけておくぞ。今は日本の国となりても、神の元の国でないところもあるのざから、雛見て、よく肚に入れておいて下されよ、後悔間に合わんぞ。

第六巻 日月の巻
第十二帖 (一八五)
 江戸に攻め寄せると申してあろがな。富士目指して攻め来ると知らしてあること近づいたぞ。今までのことは皆、でありたぞ、江戸の仕組もお山も、甲斐の仕組も皆ぞ、鳴門とうず海の仕組もしてくれよ。尾張の仕組も早よう出してくれよ。済んだらいよいよ末代続くまことの世直しの御用にかからすぞ。

第十巻 水の巻
第十三帖 (二八七)
 家族幾人いても金いらぬであろが。主人どっしりと座りておれば治まっておろが。神国の残してあるのざぞ。国治めるに政治はいらぬぞ、経済いらぬぞ。神拝めよ、神祀れよ、てんし様拝めよ。何もかも皆神に捧げよ、神から頂けよ。神国治まるぞ。戦もおさまるぞ。今の臣民口先ばかりでまこと申しているが、口ばかりではなお悪いぞ。言やめて仕えまつれ。でんぐり返るぞ。

第十二巻 夜明けの巻
第五帖 (三二五)
 何もかも神示読めばわかるようになっていること忘れるでないぞ、この仕組言うてならず、言わねばわからんであろうなれど、神示読めば因縁だけにわかるのざぞ。石、物言う時来たぞ。山にも野にも川にも神まつれと申してあること、忘れるでないぞ、せと申してあろうが、いずれも仮ざから、三千世界の大洗濯ざから、早うしてくれよ。型結構ぞ。何もかも神人共にするのざぞ。夜明けたら、何もかもはっきりするぞ、夜明け来たぞ。鳥立てよ。

日月神示も「形」の表れだとすれば、その「形」を読み解く視点も必要だと思う。

文字にはあらわれない、隠された特性や本質は
「形」を読み解かなければ見えてこない!


 
DATE: 2013/06/18(火)   CATEGORY: 神道
神道を仏教伝来以前の姿にもどす復古神道と神仏分離を築いた平田篤胤
初めて東京の赤坂見附にある豊川稲荷に行ってみた。
神社だと思って行くと違和感を感じる。初めは神社だと思っていた。
豊川稲荷01
狛犬ならぬ狛狐がいっぱいあり圧倒される。
七福神に関係したご利益ものもたくさんある。
神社に七福神は珍しくないが、なんかご利益のデパートみたい。観音像もある。

違和感があったのであとで調べてみると、
本家は愛知県豊川市の豊川稲荷(妙厳寺、本尊は千手観音)。
赤坂にある豊川稲荷は、信仰が深かった大岡越前守忠相公の大岡邸から奉還され江戸参詣所として創建。

この信仰は豊川稲荷境内の鎮守神として祀られている荼枳尼天(だきにてん)が発祥。密教ではダーキニーという魔神。大日如来の霊力に心服し善神となるが、かつては人の死を六か月前に予知してその心臓を食う夜叉として恐れられていた霊力が強い神。
だきにんてん00
日本では荼枳尼天は霊狐に乗り、霊狐を神の使いとしているが、この霊狐は日本独自の思想。
(半裸形から白狐にまたがる女天形へと変化)

戦国時代は三河国(愛知県豊川市)の土豪である松平氏の家系である徳川家康とも関係が深い。
怨敵退散を祈願し闘戦に勝利するために武将から崇拝された。
家康は天下統一の恩に報いるため、江戸の各所にこの荼枳尼天を稲荷神社として祭ったため、
稲荷大明神(稲荷神)である京都市伏見区の伏見稲荷大社稲荷信仰と習合して江戸に広まった。

明治新政府の神仏分離令で「豊川稲荷大明神」名や鳥居が排除されて寺院となる。

ここは神仏習合神仏分離の歴史が顕著にわかるところですね。

この神道を仏教伝来以前の姿にもどす神仏分離令のもとになったのは、平田篤胤ら国学者が提唱した復古神道の思想であったという。

平田篤胤(ひらた あつたね)
平田篤胤01
江戸時代後期の国学者・神道家・思想家・医者。出羽久保田藩(現在の秋田市)出身。
篤胤は独自の神学を打ち立て、国学に新たな流れをもたらした。神や異界の存在に大きな興味を示し、死後の魂の行方と救済をその学説の中心に据えた。また、仏教・儒教・道教・蘭学・キリスト教など、さまざまな宗教教義なども進んで研究分析し八家の学とも称していた。西洋医学、ラテン語、暦学・易学・軍学などにも精通していた。彼の学問体系は知識の広さのために不自然な融合を示し、複雑で錯綜したものとなっている。篤胤の復古神道は平田神道と呼称され、後の神道系新宗教の勃興につながった。

この名前は聞いたことがありましたが、出身はなんと同じ秋田
篤胤の墓は実家から近いのですが(今度行ってみたい)、篤胤については灯台もと暗しでしたね。

神仏分離の背景には平田篤胤の思想があったとは。。。

この復古神道の思想は、後の明治時代に鎮魂帰神を中核とする本田霊学を確立した本田親徳や、本田の弟子の長沢雄楯、大本教の出口王仁三郎らに派生し、人間の心は、根源神の分霊である「直霊」(なおひ)が、「荒魂」、「和魂」、「奇魂」、「幸魂」の4つの魂を統御するという日本古来の「一霊四魂」説にも繋がっていったという。

平田篤胤『霊能真柱』における霊魂観 (現代密教第23号より)
http://www.chisan.or.jp/denbouin/book/gendaimikkyo/23pdf/08_23.pdf
霊の真柱
http://gunka.sakura.ne.jp/book/tamanomihashira.htm

改めて平田篤胤の功績はある意味で神懸かっていたと思う。
かなり独断的独善的な思想で「仏教を拭い去れば、そこに古代からある日本人の信仰が皇室を中心に姿を現す」と信じていた。

ただ、神仏分離令を推進する神祇官となり権力を得た元国学者の中には、自分たちの権益の拡大のために神道の国教化を利用していったのも事実のようだ。
神道と仏教の分離が目的であったが、仏教寺院・仏像・経巻を破毀(はき)し、僧尼など出家者や寺院が受けていた特権を廃する廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)運動に発展し、山岳信仰から仏教を剥ぎ取るために強引に古事記神道に結びつけ進めていったことが混乱の波紋を広げた。

身近なところでは日枝神社も廃仏毀釈の影響を受けた中の一つだったようだ。
明治維新の神仏分離・廃仏毀釈によって、天台宗の鎮守神である山王権現は廃された。近江国日吉山王社は比叡山延暦寺から強制的に分離され、日吉大社に強制的に改組された。山王社の多くは、大山咋神を祭神とする神道の日枝神社や日吉神社等になっている。

日月神示で仏教について書かれているところ。

第二巻 下つ巻
第十六帖 (五八)
 イシヤの仕組にかかりて、まだ目さめん臣民ばかり。日本精神と申して(ぶつ)の精神や(キリスト)の精神ばかりぞ。今度は神があるかないかを、ハッキリと神力見せて、イシヤも改心さすのぞ。神の国のお土に悪を渡らすことならんのであるが、悪の神渡りて来ているから、いつか悪の鬼ども上がるも知れんぞ。神の国ざと口先ばかりで申しているが、心の内は外国(幽界)人、沢山あるぞ。

第五巻 地つ巻
第六帖 (一四三)
 神の国八つ裂きと申してあることいよいよ近づいたぞ、八つの国、一つになりて神の国に攻めて来るぞ。目さめたらその日の生命(いのち)お預かりしたのざぞ、神の肉体、神の生命、大切せよ。神の国は神の力でないと治まったことないぞ、神第一ぞ、いつまで(仏)や(キリスト)や(いろいろなもの?)にこだわっているのざ。出雲の神様大切に、有り難くお祀りせよ、尊い御神様ぞ。天津神、国津神、みなのかみがみ様に御礼申せよ、まつろいて下されよ、結構な恐い世となりて釆たぞ、上下(うえした)グレンぞ。

第七巻 日の出の巻
第一帖 (二一四)
 岩戸は五回閉められているのざぞ、那岐・那美の尊の時、天照大神の時、神武天皇の時、仏来た時と、大切なのは素盞鳴の神様に罪着せした時、その五度の岩戸閉めであるから、この度の岩戸開きはなかなかに大層ぞと申すのぞ。いよいよ厳しくなってきたが、これからが正念場ざぞ、否でも応でも裸にならなならんぞ、裸ほど結構なものないことだんだんわかりて来るぞ。


DATE: 2013/06/12(水)   CATEGORY: 幸福
捨ててこそ人生は開ける!
最近立ち読みした本。
「捨ててこそ人生は開ける」 他阿 真円住職
日月神示の本ではありません。
著者が戦時中ビルマ、インドネシア、ニューギニアなどで
地獄の戦場や抑留生活の経験を通して悟ってきた
波乱の人生体験談。

捨ててこそ人生は開ける―― 「苦」を「快」に変える力捨ててこそ人生は開ける―― 「苦」を「快」に変える力
(2013/06/07)
他阿 真円

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第1部 「苦しみ」から「喜び」の人生へ―人生は苦しいのが当たり前
 ・貧乏寺での出生、そして戦地へ―青春なき青春時代
 ・二度の死の危機を乗り越えて―思いがけない法主就任
第2部 どんなときでも道は開ける―現世を力強く生き抜くための一問一答
 ・平成の国難を乗り越える覚悟
 ・「便利症候群」におかされた現代人
 ・自利利他の心で生きる ほか
第3部 十二快健康法―心身の健康長寿を保つために
 ・九四歳、私の元気の秘密
 ・私の健康法に現代医学の裏付けがあった
 ・健康は「快」に尽きる ほか


捨てること = 我をなくし、すべて神にゆだねること

戦争とは、死とは、人生とはなにかを改めて痛感。

すべては感謝する道である。

第六巻 日月の巻 第十五帖より
 目覚めたらその日の生命お預かりしたことを神に感謝し、その生命を神の御心のままに弥栄に仕えまつることに祈れよ。神はその日その時に何すべきかにつきて教えるぞ。明日のことに心使うなよ。心は配れよ。取り越し苦労するなよ。心配りはせなならんぞ。何もかも神に任せよ。神の生命、神の肉体となりきれよ。何もかも捨てきらねばならんぞ。天地皆神のものぞ、天地皆己れのものぞ。取り違い致してくれるなよ。


DATE: 2013/06/10(月)   CATEGORY: 日月神示
日月神示と昭和史から見えてくるもの!
日月神示がおろされて今日で69年経った。
69年前(1944年)はどんな時代だったか?

おろされた時期と時代背景の出来事が
よくわかるように今年表を作っている。

日月神示年表(時代背景)
http://hitsukishinji.web.fc2.com/

内記 正時氏著書の
「奥義編 [日月神示] 神一厘のすべて」
を読んでから昭和天皇の時代である昭和史に
改めて興味をもった。
日月神示の内容もその時代背景を語っている
ところも多いのでその意味を理解しやすくする
ためでもある。

改めていろいろ調べて見ると、
まだ70年あまり前だというのに今の日本からは考えら
れないような壮絶な時代だったことがわかる。
最近では当時の日本軍を美化する書籍やコメント
も多く出ている。
世界最強の歩兵力だったとも言われるように
もなってきた。

まだまだ戦えるだけの戦闘機をはじめ兵力は
あったようだが、広島、長崎に原爆投下されて、
昭和天皇の詔勅で終戦となる。
次の原爆投下目標は、京都東京だったようだが、
最悪の事態は間逃れたということか。

そこまでしなければならないほどアメリカは
日本に対して脅威を感じていたことを意味する。

天皇陛下や国のために命を惜しまない強烈な
国民の精神は負けてはいなかった。
国民も戦争に勝てば貧しさ苦しさからも開放され
幸せな豊かな時代がくると期待するしかなかった。

ほんとうに多くの犠牲を出してまでも得ようと
したものはなんだったのか?
なんとも皮肉な時代であったと思う。

そんな中で日月神示を通して、神は何を伝えた
かったのか?

日月神示の中で出てくる言葉で、型、仕組みという
内容が意味するものは何か?

歴史は繰り返す」とよく言われていることだが、
なぜ繰り返えされるのか?

ここの日月神示で言わんとすることを読み取っていく
ことがその解明に結びついていく。

そして大難が小難になるように願う。

第三巻 富士の巻 第二十五帖 より
 世界中の臣民はみなこの方の臣民であるから、ことに可愛い子には旅させねばならぬから、どんなことあっても神の子ざから、神疑わぬようになされよ、神疑うと気の毒出来るぞ。いよいよとなりたら、どこの国の臣民ということないぞ、大神様の掟通りにせねばならんから、可愛い子ぢゃとて容赦出来んから、気つけているのざぞ、大難を小難にまつり変えたいと思えども、今のやり方はまるで逆様ざから、どうにもならんから、いつ気の毒出来ても知らんぞよ。

第十三巻 雨の巻 第八帖より
 大難小難にと祈れと申してくどう知らしてあろうがな、いかようにでも受け入れて、善きようにしてやるよう仕組みてある神の心わからんか、天災待つは悪のぢゃと知らしてあろうが、まだわからんのか、国敗けて大変待ちいる臣民沢山あるが、そんな守護神に使われていると気の毒になって来るぞ、よく神示読んで下されよ。今の守護神、悪の血筋、眷属であるぞ。


DATE: 2013/05/22(水)   CATEGORY: 日月神示
空はすべてのエネルギー!フリーエネルギー版 宇宙にたった1つの神様の仕組み
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宇宙にたった1つの神様の仕組み


フリーエネルギー版 宇宙にたった1つの神様の仕組み (超☆わくわく)フリーエネルギー版 宇宙にたった1つの神様の仕組み (超☆わくわく)
(2013/03/19)
飯島 秀行

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以前紹介した本の続編ですが、再度立ち読み。
前作と内容が似てますが、何度読んでも感銘します。

「空」こそがすべてのエネルギーだった。
空を呼び込むことがすべての
エネルギーの真理である。

唯一無二の宇宙意識法則(空)から
すべてが生かされ成り立っている。
フリーエネルギーである空を呼び込むことで
永遠のエネルギー(幸福)がもたらされる。


【エネルギーの真理】
 エネルギー(空気、もしくは電子)を呼び込むサイクルが
「吸引サイクル」であり、反対にエネルギーを抜けるのが
「放出サイクル」である。
 つまり、ある物質の温度や圧力を、その物質を取り巻く物質や
空間よりも高めると、その物質にエネルギーが呼び込まれて
良いものへと変化する。
 結果の世界の例で滝や川、風(気圧)は、すべて「高」から
「低」へと流れていくのと逆で、原因の流れは、常に「低」から
「高」へと向かう。

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