日月神示と宇宙の法則から学ぶ幸運をつかむ法
岡本天明氏が自動書記で書いたという神からのお告「日月神示」と
中矢伸一氏などの「日月神示」の翻訳著書、さらに宇宙の法則(引き寄せの法則)から学ぶ、
日本ルネッサンスの研究と実践のブログです。
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DATE: 2013/02/27(水)   CATEGORY: 幸福
当たり前と思うことは感謝していない(できていない)証拠!
自分なりに幸福や感謝について
いろいろまとめてきたけど、
すべてに感謝することは、
しているようで以外にできていない時が
多いのではないだろうかと最近思う。
潜在意識も含まれるから余計に
判断が難しい。

普段から前向きな思考ではありましたが
いまいち基準がわかりずらかった。

そんな時に判断する方法がある。
それは「当たり前」と思っているか
どうかでわかる。

例えば、
身体が健康な人が、身体をいたわっているか。
病気などで健康が損なわれて初めて健康で
あることの大切さを実感するのが普通。

お金が必要以上十分にある人が、1円のお金を
大切に思っているか。
お金は無くなって初めて1円でも大切に
思うのが普通。

空気、水、食料が十分に与えられている人が
空気、水、食料を大切に思っているか。
空気、水、食料がなくなって初めて
実感するのが普通。

他にも同じように普通に思っていることが
たくさんあると思うが
これらの当たり前と普通に思っていることが
実は感謝していない証拠です。

そう考えると普段いかに感謝できていないか
すべてに感謝することはどういうことなのか
がよく分かると思う。

感謝できていないこと1つを補うために
10つ感謝するパワーが必要みたいだし。

感謝できた分しか
与えられないのが宇宙の法則。

感謝できない分、奪われるのも
宇宙の法則。


与えられないのは感謝ができていない。
奪われるのも感謝ができていない。


すべて感謝からしか繁栄はない。

「そなたは、食物は自分でないと思うてゐるが、
食べるとすぐ自分となるでないか。空気も同様、
水も同様ぞ。火も同様、大空もそなたぞ。
山も川も野も海も、植物も動物も同様ぞ。
人間は横の自分ぞ。神は縦の自分ぞ、自分を
見極めねばならん。自分をおろそかに
してはならん。一切をうけ入れねばならんぞ。
一切に向って感謝しなければならんと申してあろうが。」


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DATE: 2013/02/18(月)   CATEGORY: 幸福
ありがとう!感謝の魔法!引き寄せの法則
ありがとう!は感謝の魔法の言葉です。

聖書(マタイ25:29)から
「誰でも持っている人は更に与えられて豊かになるが、
 持っていない人は持っているものまでも取上げられる。」
 持っているものとは感謝のことであるという解釈。

ニュートンの万有引力の法則から
「この宇宙においてはどこでも全ての質点(物体)は
 互いに引き寄せる作用、引力、重力を及ぼしあっている」
 物体だけではなく思想・感情にも作用するという解釈。

慣性の法則から
「すべての物体は、外部から力を加えられない限り、静止している
 物体は静止状態を続け、運動している物体は等速直線運動を続ける」
 物体だけではなく思想・感情にも作用するという解釈。

運動の法則から
「ある物体が他の物体に作用を及ぼすとき、それとは逆向きで大きさの
 等しい反作用が常に働く」
 物体だけではなく思想・感情にも作用するという解釈。

イスラムのコーラン(14:7~8)から
「感謝すれば、恩恵が増え、感謝を忘れれば、責め苦が下る」

これらのことは

「すべてに感謝することによって
すべて与えられるのが宇宙の法則」


という引き寄せの法則の根源と
関連がある。



日月神示の中で感謝について書かれているところ

第六巻 日月の巻

 第十五帖 (一八八)
 目覚めたら其の日の生命お預りした事を神に感謝し、其の生命を神の御心(みこころ)のままに弥栄(いやさか)に仕へまつる事に祈れよ。神は其の日其の時に何すべきかに就いて教へるぞ。明日の事に心使ふなよ。心は配れよ。取越苦労するなよ。心配りはせなならんぞ。何もかも神に任せよ。神の生命、神の肉体となりきれよ。何もかも捨てきらねばならんぞ。天地皆神のものぞ、天地皆己のものぞ。取違ひ致して呉れるなよ。幾ら戦してゐても天国ぞ、天国とは神国ぞ。神国の民となれば戦も有難いぞ。いきの生命いつも光り輝いてゐるぞ。神にまつろてくれと申してあろが。あめつち皆にまつろて呉れと申してあろがな。ここの道理よく判りたであろが。何も云ふ事ないぞ。神称へる辞(コト)が光透(コト)ぞ。あめつち称へる言(コト)が光透(コト)ぞ。草木の心になれと申してあろがな。神風もあるぞ。地獄の風もあるぞ。迷ふでないぞ、神の申すコトはコトであるぞ。コトに生きてくれよ。コトにまつろへよ。
十一月の一日、ひつ九か三。

第十四巻 風の巻

 第一帖(三五二)
 用意なされよ。いよいよざぞ、愈々九 三(くるぞ)。神のみこと知らすぞ。知らすぞ、眼覚めたら起き上がるのざぞ。起きたらその日の命頂いたのざぞ。感謝せよ、大親に感謝、親に感謝せよ、感謝すればその日の仕事与へられるぞ。仕事とは嘉事(よこと)であるぞ、持ち切れぬ程の仕事与へられるぞ。仕事は命ざぞ。仕事喜んで仕へ奉れ。我出すと曇り出るぞ。曇ると仕事わからなくなるぞ。腹へったらおせよ。二分は大親に臣民腹八分でよいぞ。人民食べるだけは与へてあるぞ。貪(むさぶ)るから足らなくなるのざぞ。減らんのに食べるでないぞ。食(おせ)よ。おせよ。一日一度からやり直せよ。ほんのしばらくでよいぞ。神の道 無理ないと申してあろが。水流れる様に楽し楽しで暮せるのざぞ、どんな時どんな所でも楽に暮せるのざぞ。穴埋めるでないぞ、穴要るのざぞ。苦しいという声 此の方嫌ひざ。苦と楽 共にみてよ、苦の動くのが楽ざぞ。生れ赤児みよ。子見よ、神は親であるから人民守ってゐるのざぞ。大きなれば旅にも出すぞ、旅の苦 楽しめよ、楽しいものざぞ。眠くなったら眠れよ、それが神の道ぞ。神のこときく道ざぞ。無理することは曲ることざぞ。無理と申して我儘無理ではないぞ、逆行くこと無理と申すのざ。無理することは曲ることざ、曲っては神のミコト聞こへんぞ。素直になれ。火降るぞ。 .....
十二月二十五日、ひつぐのかミ。

第十八巻 光の巻

 第一帖(三九七)
 光の巻しるすぞ、地(くに)の日月の神とは臣民の事であるぞ、臣民と申しても今の様な臣民ではないぞ、神人共に弥栄の臣民の事ぞ、今の臣民も掃除すれば九二(くに)の一二(ひつぎ)の神様となるのざぞ、自分いやしめるでないぞ、皆々神々様ざぞ。もの頂く時は拍手打ちて頂けよ、神への感謝ばかりでないぞ、拍手は弥栄ざぞ、祓ざぞ、清めぞと申してあらうが、清め清めて祓ひてから頂くのざぞ、判りたか、次の五の巻の謄写(とうしゃ)は四十九でよいぞ、十は神よきに使ふぞ、前のも十はよきに使ふたぞ、判りたか、皆に分けるぞよ、次は十二の巻の中からよきに抜きて謄写よいぞ。
二月二十四日、ひつくの神。

第二十四巻 黄金の巻

 第二十二帖
 神まつれ、祖先まつれ、子孫まつれ、心まつれ、言葉まつれ、行まつれ、食物まつれ、着るものまつれ、住居まつれ、土地まつれ、感謝感謝で喜び来るぞ。奇跡では改心出来んのであるぞ。
かのととりの日。ひつ九十

 第八十八帖
 日本は日本、唐は唐、オロシヤはオロシヤ、メリカキリスはメリカキリスぢゃ。分けへだてするのは神の心でないと申す人民 沢山あるが、世界は一平ぢゃと申して、同じことぢゃ、同じ神の子ぢゃと申してゐるが、頭は頭、手は手、足は足と申してあらうが。同じことであって同じでないぞ。悪平等は悪平等ぞ。世界丸つぶれのたくらみぞ。この道理よく心得なされよ。総てのものを先づ感受せよ。その後に感謝せよ。感謝すれば弥栄えるぞ。
(一月三日)

第二十六巻 黒鉄の巻
 第二帖
 一切に向って涙せよ。ざんげせよ。一切を受け入れ、一切を感謝せよ。一切が自分であるぞ。一切が喜びであるぞ。
(一月二十二日)

第二十七巻 春の巻

 第二十三帖
 順と区別さへ心得て居れば、何様を拝んでもよいと申してあろうが。日の神様ばかりに囚われると判らんことになるぞ。気付けおくぞ。それでは理(ミチ)にならん。父だけ拝んで母拝まんのは親不孝ぞ。おかげないぞ。おかげあったらヨコシマのおかげと心得よ。手だけ尊んではいかん。足だけ尊んでもいかん。一切に向って感謝せよと申してあろうが。門もくぐらず玄関も通らずに奥座敷には行かれん道理。順序を馬鹿にしてはならんぞ。いつ迄門に立っていても何もならん、お出直しぢゃ。川がなければ水流れん道理。始はカタふんで行かなならんぞ。
(ひつくの神二月三日)

 第三十四帖
 自分は自分の意志で生れたのではないのぢゃ。その時、その環境を無視出来ん。その法則に従はねばならん。草を拝めば草が神となり、機械拝めば機械が神ぢゃ。食物拝めば食物が神となる。心せよ。神は人民を根本から永遠の意味でよくしようと、マコトの喜び与へようとしてゐるのぢゃ。局都的、瞬間的に見て判らんこと多いぞ。おかげは、すぐにはないものと思へ。すぐのおかげは下級霊。まゆにつばせよ、考へよ。現在の環境を甘受せよと申してあるが、甘受だけでは足らん。それに感謝せよ。積極的に感謝し、天地の恩に報じねばならん。誠の真理を知らぬ人間に神は判らん。

 第三十六帖
 何事に向っても先づ感謝せよ。ありがたいと思へ。始はマネごとでもよいぞ。結構と思へ。幸と思へ。そこに神の力 加はるぞ。道は感謝からぞ。不足申せば不足うつるぞ。心のままとくどう申してあろうが。病気でないと思へ。弥栄と思へ。病治るモト生れるぞ。キがもとぞ。何事くるとも何クソと思へ。神の力 加はるぞ。おそれはおそれ生むぞと申してあろうが。一聞いて十さとらねばならんぞ。今の人民には何事も平面的に説かねば判らんし、平面的では立体のこと、次元の違ふことは判らんし、ハラでさとりて下されよと申してあろう。

第二十八巻 夏の巻

 第一帖
 与へられたもの、そのもの喜ぶようにすれば楽にゆけるよう、暮しむきもたのしたのしで暮せるようになってゐるぞ。あり余る程 与へてあるでないか。生かして使へよ。生活に何故アクセクするのぢゃ。与へてあるもの殺すから自分も死の苦しみするのぢゃ。有限でなければモノは顕われないぞ。モノに顕わすと有限となるのぢゃ。総てに感謝せよと申してあろうが。総てのものに、それ相当の意義あるぞ。全体的には喜びせねばならん。愛をもって接しなければならん。信をおかねばならん。ぢゃと申して局部々々に於ては、それぞれ、その時に応じて処理せねばならん。只その場合は、ゆとりをもって処理せよ。綱長くしておかねばならん。

五十黙示録 第七巻 五葉の巻

 第五帖
 もの与へること中々ぢゃ、心してよきに与へねばならんぞ。与へることは頂くことと知らしてあろうが、与へさせて頂く感謝の心がなくてはならん、強く押すと強く、弱く押すと弱くハネ返ってくるぞ。自分のものと言ふもの何一つもないぞ、この事判れば新しき一つの道がわかるぞ。

補巻 月光の巻

 第三十一帖
 足のうらをきれいに掃除なされよ。外から見えん所がけがれてゐるぞ。日本の国よ、そなたも同様、世界よ、そなたも同様ぞ。イヅモの神の社をかへて竜宮の乙姫(理由空云の音秘)様のお社を陸(理空)につくらねば、これからの世はうごきとれんことになるぞ。一切が自分であるぞと云うことは例へでないぞ。そなたは、食物は自分でないと思うてゐるが、食べるとすぐ自分となるでないか。空気も同様、水も同様ぞ。火も同様、大空もそなたぞ。山も川も野も海も、植物も動物も同様ぞ。人間は横の自分ぞ。神は縦の自分ぞ、自分を見極めねばならん。自分をおろそかに
してはならん。一切をうけ入れねばならんぞ。一切に向って感謝しなければならんと申してあろうが。三十一年一月三日。

 第五十六帖
 そなたは何時もあれもよいらしい、これもよいようだと迷って、迷ひの世界をうみ出し、自分で自分を苦しめて、気の毒よなあ。これと一応信じたらまかせきれよ。梶をはなして鳴門の渦の中にまかせきれよ。まかせきるとひらけてくるのぢゃ。悟れたようでゐて、そなたが悟り切れんのはまかせきらんからぞ。
 そなたはいつも孤独、そなたの不運は孤独からぢゃ。友をつくりなさい、友つくることは己をつくることと申してあろうが。友つくることは新しき世界をつくることぞ。一人の世界は知れたものぞ。一人ではマコトの道を生きては行かれんぞ。友と申しても人間ばかりではないぞ。山も友、川も友、動物も植物も皆友ぞ。大地も大空も皆友となるぞ。何も彼も皆友ぢゃ、皆己ぢゃ。皆々己となれば己はなくなるぞ。己なくなれば永遠に生命する無限の己となるのぢゃ。御神前で拝むばかりでは狭いぞ。野菜拝めば野菜が、魚拝めば魚が己となるのぢゃ。拝むことは和すこと。和すことが友つくる秘訣ぞ。友を己とすることは、己を友とすることぢゃ。友にささげることぢゃ。親は子にささげるからこそ、子が親となるのぢゃ。判りたか。赤ん坊のお尻をふいてやることもあるであろうがな。そなたが赤ん坊と同じであったら出来ない芸当ぞ。お尻を出すものがあっても、決して怒ってはならん。子のお尻と思って きれいにふいてやれよと申してあろうが。お尻を持ち込まれるのは、持ち込まれるだけのわけがあるからぞ。利子は後から支払えばよいと、そなたは思ってゐるが、先に支払ふこともあるのであるぞ。先にお尻をふかねばならんことも、世が迫ってくると出てくるのぢゃ。その代り、後では神がそなたのお尻をきれいにふいて下さるぞ。ぶつぶつ申さずに勇んでやって下されよ。
 そなたは他にものを与えることに心せねばならんぞ。与えることは頂くことになるのであるから、与えさしてもらう感謝の心がなければならんぞ。強く押すと強く、弱く押すと弱くはねかえってくること、よく知って居ろうがな。自分のものと云ふものは何一つないこと、よく判って居る筈ぢゃ。

 
「感謝せよ、
 大親に感謝、
 親に感謝せよ、
 感謝すればその日の仕事与へられるぞ。
 仕事とは嘉事(よこと)であるぞ、
 持ち切れぬ程の仕事与へられるぞ。
 仕事は命ざぞ。仕事喜んで仕へ奉れ。
 我出すと曇り出るぞ。
 曇ると仕事わからなくなるぞ。」

「何事に向っても先づ感謝せよ。
 ありがたいと思へ。
 始はマネごとでもよいぞ。
 結構と思へ。幸と思へ。
 そこに神の力 加はるぞ。
 道は感謝からぞ。」


DATE: 2013/02/14(木)   CATEGORY: 幸福
ザ・シークレット『引き寄せの法則』の本質
ザ・シークレット『引き寄せの法則』の
著者であるロンダ・バーン氏の最新作。
その名も「ザ・マジック」。
前作の「ザ・パワー」の続編。


ザ・マジックザ・マジック
(2013/02/09)
ロンダ・バーン

商品詳細を見る

ザ・パワーザ・パワー
(2011/04/27)
ロンダ・バーン

商品詳細を見る

前作では パワーとは であったのに対して
最新作の マジックとは感謝 であるという。


引き寄せの法則は愛の法則です。
そのパワフルな法則が無数の銀河から原子まで全ての
ものの調和を保っています。

それは、全ての物事に働き、また宇宙のあらゆるものを
通して作用しています。
そして、それはあなたの人生においても作用している
法則なのです。

宇宙に存在する全てのものは磁気があり、全ては磁気の
周波数を持っています。
あなたの感情や思考にも周波数があります。

良い感情の時、あなたはポジティブな愛の波動を出しており、
悪い気分の時は否定的な波動を出しています。

あなたの気分が良かろうと悪かろうと、あなたの感情が
あなたの周波数を決め、同じ波動の人々や出来事や状況を
磁石のように引き寄せます!

あなたが情熱的になっていれば、その波動が情熱的な人々や
状況や出来事を引き寄せます。
あなたが恐れていれば、その恐れの波動が恐ろしい人々や
状況や出来事を引き寄せます。

あなたの波動は常にあなたが感じている気分そのものですから、
自分が今、どのような波動にあるかは疑う余地なく明白です。

自分の気分を変えさえすれば、いつでも周波数を変えられます。
そしてあなたの新しい波動によって、あなたの周りにある全ての
ものが変わります。

今まで

「素敵な家さえ手に入れば幸せになる」、
「職に就けば、あるいは昇進したら幸せになる」、
「子供たちが大学を卒業したら幸せになる」、
「もっとお金が手に入れば幸せになる」、
「旅行できれば幸せになる」、
「事業が成功すれば幸せになる」等

と自分に言い聞かせて日々を過ごして来たならば、
それらが実現することはないでしょう。

そのような考え方は愛の作用の仕方に逆い、引き寄せの法則に
逆らっているからです。
幸せになるためには、まず最初に自分が幸せになり、次に幸せを
人に与えてください。

否定的なものを無理やり肯定的なものに変えようとする必要は
ありません。
望むものに愛を込めるだけで良いのです。
なぜなら、望むものが創造されることで否定的なものと置き換わる
からです。

引き寄せの法則では、あなたが「いいえ、それは欲しくありません」
と言っても、実は肯定していることになりますから、何に対しても
「ノー」と言えません。

「交通渋滞がひどい」、
「サービスが本当にひどい」、
「あの人達はいつも遅刻する」、
「この中はうるさい」、
「あの運転手は頭がおかしい」、
「長い時間待たされている」など

と口にすると、それらのことを肯定して、自分の人生にもっと
取り込んでしまいます。

誰かがお金持ちになった時や成功した時にはあなたもワクワクして
喜びなさい。すると、あなたもその素晴らしい波動に乗るからです。

やはりすべての基本は感謝することですね。
感謝するための魔法は ありがとう の言葉。
そこから調和が生まれる。


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