日月神示と宇宙の法則から学ぶ幸運をつかむ法
岡本天明氏が自動書記で書いたという神からのお告「日月神示」と
中矢伸一氏などの「日月神示」の翻訳著書、さらに宇宙の法則(引き寄せの法則)から学ぶ、
日本ルネッサンスの研究と実践のブログです。
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DATE: 2013/09/27(金)   CATEGORY: 日月神示
「もっと あの世に聞いた、この世の仕組み」 書評と感想 ①
最近書店でみかけて読んで感銘した本。

「常識」や「当たり前」と名付けられた
たくさんの思い込みによって、
自由を失っている!


もっと あの世に聞いた、この世の仕組み 著者 雲 黒斎
(あの世に聞いた、この世の仕組み)

もっと あの世に聞いた、この世の仕組みもっと あの世に聞いた、この世の仕組み
(2013/08/02)
雲 黒斎

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あの世に聞いた、この世の仕組みあの世に聞いた、この世の仕組み
(2010/03/19)
雲 黒斎

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「さとり」「カルマ」「輪廻転生」「アセンション」…の仕組みに目からウロコ、間違いなし!
知れば、人生が楽しくなる!「一番わかりやすい」見えない世界の話。

普通のサラリーマンをしていた著者は、鬱病治療のためにつよ~い薬を飲んだところ、「雲さん」という守護霊と会話ができるようになりました。
そして、この雲さん、あの世の住民であるだけに、「この世」の様々な疑問をわかりやすく明快に説明してくれるのです。
ベストセラーとなった第1作目『あの世に聞いた、この世の仕組み』で、雲さんは「この世のからくり」や「苦しみが生まれる仕組み」を中心に教えてくれましたが、第2弾の本書では「さとる」ということから「輪廻転生」「アセンション」「『般若心経』のお経の意味」などを教えてくれます。
あなたもこの本を読めば、「見えない世界」に関する、今までわからなかったことや、不思議だったことがよくわかり、「心の平安」が取り戻せるはずです。

目次
 第1章 「誕生」という思い込み
 第2章 こんにちわ、赤ちゃん
 第3章 人生は「苦」なり
 第4章 オープン・ユア・ハート
 第5章 超説「般若心経」
 第6章 人生という名のスクリーン
 第7章 意味と価値のありか
 第8章 「うつ」にまつわるエトセトラ
 第9章 アセッション後の新世界
 第10章 スプリング・ハズ・カム


タイトルからちょっと胡散臭いと思いながら読んでみましたが
大変興味深い内容に感銘!!

突拍子のない内容でちょっと理解しがたいところもあったが、
例え話と掛け合いでわかりやすいようにまとめてある。

宇宙の法則はまだまだ理解しがたいと思っている人や
固執した思考概念を柔軟にしたい人にもお勧め!

「第一章[誕生]という思い込み」から

本来存在のすべては一つの同じものである。
ゆえに、生命は複数存在するのではなく、唯一無二の存在であり、人はみなその同じ命を共有している。
また、自分が命を所有しているのではなく、命そのものが自分であるため、命を失うということ自体ありえない。

「ない」ものを「ある」と勘違いし、「ある」という前提で疑問をもつから、何千年追い求めても答えはでない。
人間はありとあらゆるものを正しく認識できていない。生も死も存在しない。

「誰か」の誕生の際、この記憶データの一部が、意識とともに風船のような”小さな膨らみ”に流れ込んで、
そのデータが、生まれながらの性格や気質、才能、曖昧嗜好、また、性別や肉体の形状などといった特徴を決定づける。これが先天的なプログラムとしてありながら、後天的環境との組み合わせでさまざまな個性が形づくられる。

また、逆に、「誰か」が死を迎えると、その項別意識が抱えていた全記憶が大きな風船へ取り込まれ、他のデータと統合され、蓄積される。「誰か」が肉体を失うたびにデータが集まるのだから、ソースには膨大な記憶(ありとあらゆる経験や知識、感情など)が集積されている。境界がなくなったデータは次から次に上書きされ、たくさんの人の記憶が渾然一体となる。

「誕生」という運動が起こるときは、内側から外側へ向けての流れができる。その流動上に浮遊していた思考エネルギーや感情エネルギーなどが流れに巻き込まれる形で新しい膨らみへ入っていく。だから一人が「たくさんの前世の記憶」を持っていても当然だし、同じ前世をもつものが複数人いても不思議ではない。


「アナタという存在の本質は完全・完璧なものです。アナタはアナタのままでいいのです。ですから、他の何者かになろうなんて、エゴを肥大化させる様な努力は必要ないのです。さぁ、ありのままの状態(真我)を発見しましょう。アナタがこれまで苦しんできたのは、また、なにかしらの不満を抱えていたのは、その人生に何かが欠けていたからではありません。幻想の自分(固定化した思考)に飲み込まれ、本来の完全性を発揮出来ていなかったからなのです。アナタが幻想の自分から離れ、ありのままの状態であるために精神修行が必要となるのです。“必要となる”と言っても、それは物質や新たな知識を得ることではありません。完全性を妨げるモノを手放していくことなんです。」

幸せだろうと、不幸だろうと、結局は「夢の世界」。現実ではない、幻想の世界。良い夢を見ている人は、目覚めが遅くなる可能性が高い。

「精神世界」や「宗教」と呼ばれるモノの多くは、「悪夢」を見ている人に向けて語られている。
悪夢を見ているからこそ「夢なら覚めて!」という思いが強いので、“目覚め”に対しての強い意志が生まれやすくなる。逆に、良い夢を見ている方は「眠りの邪魔をするな。折角良い夢を見ているのに。」と、なかなか聞く耳を持ってはくれない。

精神世界」や「宗教」には、大きく分けて2種類の導き方がある。
一つは、「目覚め」を指し示す導き。
もう一つは、「悪夢」から「よい夢」へ誘う導き。
釈迦やイエスが説いたのは、前者の「目覚め」への道。その導きのキーワードは「気付き」。
なぜなら、自分が夢を見ていることに気付けば、夢から覚めることができるから。
「自分が夢を見ている自覚を持つ。そうすれば、自ずと目が覚める。」ただその事を伝えているだけなので、実は凄くシンプルな教えです。
一方後者は、いまだ眠りから覚めていない者(眠っていることに気付いていない者)が示した「その場しのぎ」の道。

その導きの核となるのは「方法論」。
目が覚めて「自分が無くなる」なんてことはない。

夢から覚めることで、夢物語での「自分の役」は消えますが、何の役も演じていないリアルな自分に出会うことができる。「幻想の世界」が消えることによって、ありのままのリアルな世界が現れる。

思考や感情に縛られることが無くなる。
固定化された思考パターンに気付き、それを手放す。

「固定化された思考パターンが無くなる」ということは、「思考が無くなる」のではなくて「柔軟な思考が可能になる」ということ。


宇宙は唯一無二の存在であり、
みなその同じ命を共有している!


それを著者が眼鏡をはずして見て感じた世界なので、
このイメージもありだと思う。

この眼鏡とは観念・思考・思い込みのこと。
自分の眼鏡をはずすことで見えてくるものがある。
それが日月神示でいう「身魂磨き」なのだと思う。

でも眼鏡はそう簡単にすぐにははずせない。
急にはずしても鮮明に見ることができない。

この本も含め、いままでに出会った本や教訓もすべて「身魂磨き」の導きだと感じる。

まだまだ興味深い内容が続く。。。

著者のブログもあり、この内容がベースみたい。

「もっと あの世に聞いた、この世の仕組み」ブログ
http://blog.goo.ne.jp/namagusabose


日月神示は岡本天明氏の眼を通して見た神一厘の仕組みの世界観。
いろんな視点から見ることで真実(神一厘の仕組み)がわかるようになってくる。

日月神示より
第一巻 上つ巻
第十帖 (一〇)
 神に目を向ければ神がうつり、神に耳向ければ神が聞こえ、神に心向ければ心にうつる、掃除の程度によりて神のうつり方が違うぞ。掃除出来た方から神の姿うつるぞ、それだけにうつるぞ。六月十九日、一二のか三。

第三十八帖 (三八)
 残る者の身も一度は死ぬことあるぞ、死んでからまた生き返るぞ、三分の一の臣民になるぞ、これからがいよいよの時ざぞ。日本の臣民同士が食い合いするぞ、かなわんと言って外国へ逃げて行く者も出来るぞ。神にシッカリと縋(すが)りておらんと何もわからんことになるから、早く神に縋(すが)りておれよ、神ほど結構なものはないぞ。神にも善い神と悪い神とあるぞ、雨の日は雨、風の日は風ということわからんか、それが天地の心ぞ、天地の心を早う悟りて下されよ。嫌なら嫌で他に代わりの身魂があるから神は頼まんぞ、嫌ならやめてくれよ。無理に頼まんぞ。神のすること一つも間違いないのぞ、よく知らせを読んで下されよ。ひつきのか三。

第二巻 下つ巻
第三十四帖 (七六)
 臣民はすぐにも戦済みて善(よ)き世が来るように思うているが、なかなかそうはならんぞ、臣民に神うつりてせねばならんのざからことの世の元からの臣民、幾人もないぞ、みな曇りているから、これでは悪の神ばかりが憑(か)かりて、だんだん悪の世になるばかりぞ、それで戦済むと思うているのか、自分の心よく見てござれ、よくわかるであろがな、戦済んでもすぐに善き世とはならんぞ、それからが大切ぞ、胸突き八丁はそれからぞ、富士に登るのにも、雲の上からが苦しいであろがな、戦は雲のかかっているところぞ、頂(いただき)までの正味(しょうみ)のところはそれからぞ。一、二、三年が正念場ぞ。三四五(みよいづ)の仕組と申してあろがな。八月の三日、ひつ九のか三。

第六巻 日月の巻
第三十四帖 (二〇七)
 この神示(ふで)よく読みてくれよ。早合点してはならんぞ。取り違いが一番怖いぞ。どうしたらお国のためになるのぞ、自分はどうしたらよいのぞと取次(とりつぎ)に聞く人たくさん出て来るなれど、この神示読めばどうしたらよいかわかるのざぞ。その人相当に取れるのぞ。神示読んで読んで肚(はら)に入れてもうわからぬということないのざぞ。わからねば神知らすと申してあろがな。迷うのは神示読まぬからぞ。肚に入れておらぬからぞ。人が悪く思えたり、悪く映るのは、己が曇りているからぞ。十一月二十九日、ひつ九のか三。

第八巻 磐戸の巻
第十七帖(二五三)
 この神は善き臣民には善く見え、悪き臣民には悪く見えるのざぞ、鬼門金神(きもんこんじん)とも見えるのざぞ、世はクルクルとまわるのざぞ、幸せ悪くとも悔やむでないぞ、それぞれの身魂の曇りとりているのざから、勇んで苦しいこともして下されよ、上が裸で下(しも)が袴はくこと出て来るぞ。神が化かして使うているのざから、出来上がるまでは誰にもわからんが、出来上がりたら、何とした結構なことかと皆がビックリするのざぞ、ビックリ箱にも悪いビックリ箱と、嬉し嬉しのビックリ箱とあるのざぞ、何も知らん臣民に、知らんこと知らすのざから、疑うは無理ないなれど、曇りとればすぐうつる、元の種持っているのざから、(早うこの神示読んで洗濯してくれよ、どんな大峠でも楽に越せるのざぞ、)神の道は無理ない道ざと知らしてあろが。身魂の因縁恐ろしいぞ。上下(うえした)わき上がるが近うなりたぞ。一月十四日、の一二か三。


 
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DATE: 2013/09/19(木)   CATEGORY: 幸福
幸せになるには自己中心的よりも他人中心的のほうがいいのか?
幸せになるには自己中心的よりも他人中心的のほうがいいのか?
最近ずっと考えていた。

自己中心と他人中心を比べると
前者は悪く、後者は良いイメージがありますがほんとうにそうなのか?

本質は違う。

自己中心も他人中心もどちらも必要でそのバランス(調和)が重要だ。
価値観や思考に左右される。

【愛する人に愛される方法】の「自分を中心に考える」より
http://www.h5.dion.ne.jp/~takata/06/1.html

自分のことしか考えず、わがまま勝手に振舞う人のことを、「自己チュー」などと言いますが、正確に言えば、それは自己中心的なのではなく、むしろ、「他者中心的」なのではないでしょうか。
他人の迷惑をかえりみず、わがままばかり言う人も、自分の価値に自信がないから、「自分は、他人に迷惑をかけても許される、特別な権利があるのだ」という優越感で姑息な自尊心を保っており、また同時に、「他人がどこまで許してくれるか」ということを試しています。「他人に許してもらうこと、受け入れてもらうこと」の中でしか、自分の価値を見出せないのです。

「自己チュー」な人は、自分を愛し、自分を大切にしているかというと、決してそうではなく、いつも他人の評価に怯え、びくびくしています。
他人の評価が怖いから、自分をごまかし、そして、自分の心と正面から向き合うことを怖れて逃げてばかりいるから、自信がもてず、他人の批判に怯えなければならない、という悪循環の中で苦しんでいます。

「他人から認められ、愛される人間になるには、どうすればよいのか」と悩んでいる人に対して、私はこう断言します。
「他人の関心を引き、他人から認めてもらうことばかりを考えていては、一生、心の安定は得られませんし、幸せにはなれません」

他人は、自分を理解してくれなくて当然なのです。これは決して、冷淡な開き直りでも、人間不信にもとづく考え方でもありません。
他人に理解してもらえたなら、それは心から感謝すべきことですが、当然のように要求すべきことではありません。

恋人や友人に対して、不満や愚痴など、言いたいことがあるなら、まず、「自分の素直な気持ちを表現できるということ」を大切にし、そういう自分を愛しいと感じれば、それで充分なのです。よい意味での「自己中心的」ということです。
「自分が、良心とプライドにかけて、素直な気持ちに従って、本当にそうしたいと思うから、する」ということを何より大切にしてください。
「相手が自分の気持ちを理解してくれること」まで強要してはいけません。そうしなければ満足できないのは、他人に依存ばかりする「他者中心的」な考え方です。

他者中心的な人は、ともすれば、「他人を尊重する」ということを、「何でも他人のわがままを許し、言いなりになる」ことだと勘違いしてしまいます。そして、他人を操作しようとする人に、うまく利用されてしまいます。
これも、「自分の意志をもたず、他人からどう見られるかということばかりを気にする」結果です。意志を伴わない優しさは、自分を傷つける結果に終わるだけです。

よい意味で自己中心的な人は、他人に流されず、かといって自分の都合だけを押し付けることもなく、他人と健全な人間関係を築くことができます。

自分を中心に考えることができる人は、自己価値というものを、「自分の気持ち、自分の考え、自分の言動」の中だけで完結することができます。
他人からどう評価されるかということは、あくまで「おまけ」にすぎないのです。


良い価値観や思考がなければバランスが崩れ
悪い自己中心、悪い他人中心に陥いってしまう。

価値観や思考には、文化、信仰、人間関係(家族関係)が影響している。

価値観や思考の上に、自己中心と他人中心があることを取り違えないようにしなければならない。

では神中心ではどうかと考えるが、
この神中心も価値観や思考の上に成り立っていて悪い神中心に陥る(取り違い)場合もありえる。

日月神示にも「身魂磨き」が必要とある。
明るく晴れやかで、清らかな子どものような心になるように曇りを取り除いてゆくことだが、

それは宇宙の法則に従って人間完成のために行うものであり、
神のお気に入りとなって終末から救ってもらおうとか、
立て替え立て直しの先頭に立とうとかいうことで行うのは真意ではない。

第一巻上つ巻
第十帖 (一〇)より
 神に目を向ければ神がうつり、神に耳向ければ神が聞こえ、神に心向ければ心にうつる、掃除の程度によりて神のうつり方が違うぞ。掃除出来た方から神の姿うつるぞ、それだけにうつるぞ。六月十九日、一二のか三。

結局のところ、こうしたらいいとかこうしなければいけないとかは一人ひとり違うので、
まわりとの調和を優先しながら自分自身で実践・探究してゆくしかない。

皆が幸せなミロクの世となるためには、調和は不可欠であり
神(宇宙)中心でもあり、自己中心でもあり、他人中心でもある、
すべてに調和できるようになることが身魂磨きの本質でもあるのだ。

自分があって他人がある。
他人があって自分がある。
神(宇宙)があって自分がある。
自分があって神(宇宙)がある。

すべて調和の上に存在し成りたっている。
宇宙の法則に対立すれば自然淘汰される。

感謝がなければ対立が生まれ自然淘汰される。

自然淘汰も宇宙の法則。

強いものが残り弱いものが淘汰されるのではなく
必要とされるものが残り必要とされないものが淘汰されるのが本来の流れだ。

しかし、必要とされるかどうかは他人が判断するものではない。
感謝しているか、感謝していないかですべてが決まる。
感謝しているものは必要とされ生かされる。

淘汰の本質は、排除ではなく、死んで生きること。
エネルギーの循環。食物連鎖も輪廻転生も同じ。

あまり環境に流されないように宇宙の法則に従って
すべてに感謝して自分の本心の思い通りに
楽しく生きたほうが幸せになれる。

DATE: 2013/09/04(水)   CATEGORY: 幸福
わたしが神さまから聞いたお金の話をしてもいいですか?(井内 由佳) 書評と感想
最近立ち読みしてヒントになった本。

わたしが神さまから聞いた
お金の話をしてもいいですか?
 著者 井内 由佳

わたしが神さまから聞いたお金の話をしてもいいですか?わたしが神さまから聞いたお金の話をしてもいいですか?
(2013/08/22)
井内 由佳

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お金は、生きていくうえでかけがえのない、大切なもの。
お金といい関係を保ちながら、一生仲良くしたいですよね。
でも、〝お金をたくさん得る〞ための近道と世間で言われている常識や習慣が、実は、あなたを貧しくさせていることも少なくありません。
あなたが、どんなに仕事をがんばり、倹約し貯金に励んでも、それが、お金の真理に反していれば、逆に、お金を失ってしまう原因となることもあるのです。
本書は、お金の常識や習慣を取り上げ、神さまがおっしゃられる真実を、一つひとつ丁寧に解説しています。
「がんばっても上手くいかない」「ツイてない」と思っていたあなたも、本書を読むことで、神さまやお金に好かれるだけでなく、恋人や夫、友人、上司や同僚など、周囲の人にも愛されて、確実に豊かになっていくことができるのです。


特に印象に残ったところ:

お金が行きたいところへに行かせてあげると、
仲間を連れて帰ってくる。
お金というものは、人を喜ばせるために使うと、
自分の元にかえって来てくれる。

お金から好かれ、お金が寄ってくる大切な心がけは
お金を自分だけに使うのではなく、
自分にとって大切な人、自分を助けてくれた人、
自分を支えてくれた人の役に立つように使うこと。

出すべきお金を出さないときとか、
受け取るべきでないお金を受け取ったときは
思いがけない出費がある。値切ることも同様。

お金のどん底から這い上がるには、
作った借金をかえすことが一番の近道。
心機一転し、ここで仕切りなおして、ご迷惑かけた方たちに
どうにかしておかえしをしようと強く思った人が、
お金を稼ぐことができる。

物事が上手くいった後の行動が、これから先の人生を決める。

お金は出したところからかえってくるとは限らない。

恩を忘れることが、金運を一番大きく落とす。

「表さま」よりむしろ、「お蔭さま」のほうに感謝するのが先。
「お蔭さま」を大切にする。

相手に対して「思ったこと」「味わせたこと」が自分にかえってくる。

「神さまの力」は相手と自分との差異に動く。
自分が人からしてもらったことよりも、誰かにしてあげたことが
多い人はプラスの差が生じる。また、してもらったことよりも、
してあげたことが少ない人はマイナスの差が生じる。
その差がプラスであれば「幸運」、マイナスであれば「不運」が
与えられる。

心と体は繋がっている。
体のどこかが不調な場合などは、感謝の気持ち、謙虚な気持ち、
恩を返す気持ちが薄れていないか、もう一度思い返してみる。
体がだるい、疲れがとれないのは、お金が離れはじめる前兆の一つ。



感想:

お金に好かれる自分になることが大切。
具体的な例でわかりやすくまとめられている。

やはり共通点は感謝の心。
お金は気持ちに反応する。
お金はエネルギーと同じ。

意識転換するときに自己中心的な現実逃避や努力は良くない。
状況を変えるために必要な時もあるが、
それによって他人に迷惑や危害を及ぼしていては意味がない。

森羅万象から好かれるように
どんな時も他人中心でいられることが幸運を招く。

他人中心でいられることがお金(エネルギー)を呼び込み
そのお金(エネルギー)も他人中心に消費することで
さらなるお金(エネルギー)の循環が生まれ
永遠に続いていくのが宇宙の真理。

書籍:宇宙にたった1つの神様の仕組み(飯島 秀行氏)より

【エネルギーの真理】
 エネルギー(空気、もしくは電子)を呼び込むサイクルが
「吸引サイクル」であり、反対にエネルギーを抜けるのが
「放出サイクル」である。
 つまり、ある物質の温度や圧力を、その物質を取り巻く物質や
空間よりも高めると、その物質にエネルギーが呼び込まれて
良いものへと変化する。
 結果の世界の例で滝や川、風(気圧)は、すべて「高」から
「低」へと流れていくのと逆で、原因の流れは、常に「低」から
「高」へと向かう。

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