日月神示と宇宙の法則から学ぶ幸運をつかむ法
岡本天明氏が自動書記で書いたという神からのお告「日月神示」と
中矢伸一氏などの「日月神示」の翻訳著書、さらに宇宙の法則(引き寄せの法則)から学ぶ、
日本ルネッサンスの研究と実践のブログです。
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DATE: 2013/09/19(木)   CATEGORY: 幸福
幸せになるには自己中心的よりも他人中心的のほうがいいのか?
幸せになるには自己中心的よりも他人中心的のほうがいいのか?
最近ずっと考えていた。

自己中心と他人中心を比べると
前者は悪く、後者は良いイメージがありますがほんとうにそうなのか?

本質は違う。

自己中心も他人中心もどちらも必要でそのバランス(調和)が重要だ。
価値観や思考に左右される。

【愛する人に愛される方法】の「自分を中心に考える」より
http://www.h5.dion.ne.jp/~takata/06/1.html

自分のことしか考えず、わがまま勝手に振舞う人のことを、「自己チュー」などと言いますが、正確に言えば、それは自己中心的なのではなく、むしろ、「他者中心的」なのではないでしょうか。
他人の迷惑をかえりみず、わがままばかり言う人も、自分の価値に自信がないから、「自分は、他人に迷惑をかけても許される、特別な権利があるのだ」という優越感で姑息な自尊心を保っており、また同時に、「他人がどこまで許してくれるか」ということを試しています。「他人に許してもらうこと、受け入れてもらうこと」の中でしか、自分の価値を見出せないのです。

「自己チュー」な人は、自分を愛し、自分を大切にしているかというと、決してそうではなく、いつも他人の評価に怯え、びくびくしています。
他人の評価が怖いから、自分をごまかし、そして、自分の心と正面から向き合うことを怖れて逃げてばかりいるから、自信がもてず、他人の批判に怯えなければならない、という悪循環の中で苦しんでいます。

「他人から認められ、愛される人間になるには、どうすればよいのか」と悩んでいる人に対して、私はこう断言します。
「他人の関心を引き、他人から認めてもらうことばかりを考えていては、一生、心の安定は得られませんし、幸せにはなれません」

他人は、自分を理解してくれなくて当然なのです。これは決して、冷淡な開き直りでも、人間不信にもとづく考え方でもありません。
他人に理解してもらえたなら、それは心から感謝すべきことですが、当然のように要求すべきことではありません。

恋人や友人に対して、不満や愚痴など、言いたいことがあるなら、まず、「自分の素直な気持ちを表現できるということ」を大切にし、そういう自分を愛しいと感じれば、それで充分なのです。よい意味での「自己中心的」ということです。
「自分が、良心とプライドにかけて、素直な気持ちに従って、本当にそうしたいと思うから、する」ということを何より大切にしてください。
「相手が自分の気持ちを理解してくれること」まで強要してはいけません。そうしなければ満足できないのは、他人に依存ばかりする「他者中心的」な考え方です。

他者中心的な人は、ともすれば、「他人を尊重する」ということを、「何でも他人のわがままを許し、言いなりになる」ことだと勘違いしてしまいます。そして、他人を操作しようとする人に、うまく利用されてしまいます。
これも、「自分の意志をもたず、他人からどう見られるかということばかりを気にする」結果です。意志を伴わない優しさは、自分を傷つける結果に終わるだけです。

よい意味で自己中心的な人は、他人に流されず、かといって自分の都合だけを押し付けることもなく、他人と健全な人間関係を築くことができます。

自分を中心に考えることができる人は、自己価値というものを、「自分の気持ち、自分の考え、自分の言動」の中だけで完結することができます。
他人からどう評価されるかということは、あくまで「おまけ」にすぎないのです。


良い価値観や思考がなければバランスが崩れ
悪い自己中心、悪い他人中心に陥いってしまう。

価値観や思考には、文化、信仰、人間関係(家族関係)が影響している。

価値観や思考の上に、自己中心と他人中心があることを取り違えないようにしなければならない。

では神中心ではどうかと考えるが、
この神中心も価値観や思考の上に成り立っていて悪い神中心に陥る(取り違い)場合もありえる。

日月神示にも「身魂磨き」が必要とある。
明るく晴れやかで、清らかな子どものような心になるように曇りを取り除いてゆくことだが、

それは宇宙の法則に従って人間完成のために行うものであり、
神のお気に入りとなって終末から救ってもらおうとか、
立て替え立て直しの先頭に立とうとかいうことで行うのは真意ではない。

第一巻上つ巻
第十帖 (一〇)より
 神に目を向ければ神がうつり、神に耳向ければ神が聞こえ、神に心向ければ心にうつる、掃除の程度によりて神のうつり方が違うぞ。掃除出来た方から神の姿うつるぞ、それだけにうつるぞ。六月十九日、一二のか三。

結局のところ、こうしたらいいとかこうしなければいけないとかは一人ひとり違うので、
まわりとの調和を優先しながら自分自身で実践・探究してゆくしかない。

皆が幸せなミロクの世となるためには、調和は不可欠であり
神(宇宙)中心でもあり、自己中心でもあり、他人中心でもある、
すべてに調和できるようになることが身魂磨きの本質でもあるのだ。

自分があって他人がある。
他人があって自分がある。
神(宇宙)があって自分がある。
自分があって神(宇宙)がある。

すべて調和の上に存在し成りたっている。
宇宙の法則に対立すれば自然淘汰される。

感謝がなければ対立が生まれ自然淘汰される。

自然淘汰も宇宙の法則。

強いものが残り弱いものが淘汰されるのではなく
必要とされるものが残り必要とされないものが淘汰されるのが本来の流れだ。

しかし、必要とされるかどうかは他人が判断するものではない。
感謝しているか、感謝していないかですべてが決まる。
感謝しているものは必要とされ生かされる。

淘汰の本質は、排除ではなく、死んで生きること。
エネルギーの循環。食物連鎖も輪廻転生も同じ。

あまり環境に流されないように宇宙の法則に従って
すべてに感謝して自分の本心の思い通りに
楽しく生きたほうが幸せになれる。

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